2020年6月18日 (木)

死生観

昨日、久しぶりに同業者の友人から電話があった。共通の友人であった「s」のことに話が及び、未だにやつの死を受け入れていないというか未だにあの男が死んでしまったとは信じられない、いや信じたくない管理人であったが、同業者の友人が「たぶん自分が一番最後に電話で話したんですよ」とあのyoutubeは「s」の死ぬ一週間前だったとのこと。やっぱ本当に死んじゃったんだね、あいつ。。。って観念した。

過去記事 → 「s」

すっげー頭が良いIQ200という噂のあるナザレンコ・アンドリーさんの死生観に対するツィート

私は右翼にしては珍しい「無神論者」だが、実は宗教観に大きな影響を与えたのは、13歳の時に受けた盲腸の手術(全身麻酔)。その前は、「存在した物は跡も残さず永遠に消える」という概念は信じがたかった。何かあるでしょうと、存在の形が変わるだけでしょうと思っていた。

ところが、人生初めて手術台に寝た時に、色々な感情を抱いてた。怖い、痛い、眩しい… そこで注射されて10まで数えるように言われた。次の瞬間、ベッドにいた。全ての感情と共に5-6時間が一瞬で人生から消えた。夢も見れなかったからその間、私は寝てたのではなく、人間として存在しなかったと気づいた

それをきっかけに、死もきっとあんな感じだろうと考えるようになった。そして何より、不幸も幸福も苦痛も快楽もない、存在しない状態はあまり怖くないと気づいた。むしろこの世に存在しなかった期間のほうがずっと永いから、原状に戻るだけとも思った。やり直す機会ないと考えるからこそ自殺願望もない

13歳にしてこの死生観。すごいですなぁ。

管理人も2回も意識不明で救急車で運ばれたからこれはよくわかる。意識不明の状態が死後の世界である。管理人も盲腸の手術を受けたがそれは幼稚園の頃だったから記憶はあるが概念など持ち得なかった。いまは十分におっさん化したんで理解はできる(笑)それをいつまでも理解できないのがサヨクであろう。死後の世界などあるわけが無い。生まれ変わるなんてあるわけが無い。無駄に抗議などして時間を費やすからサヨクなんだが、生物でも製造品でも必ずエラーってのは出るからね。それをなんとかできないのがいまの人類の苦しいところではあろう。

過去記事 → 入院した 2016.10.22 救急車 2016.04.19 救急その後 2016.04.20

黒人が白人の女の子を殴る蹴るの暴行を加えている動画。

2006181

被害者は白人女性だから、メディアも報道しないし、誰一人も立ち上がらない。 「白人特権」ね

黒人、図にのってね?友人がこんなことされたら自分だったら○しに行くね。少なくとも立てなくなるようにはしてやるよ。行き過ぎたポリコレが白人を苦しめている。こんなクズな黒人は駆除すべきである。

クリント・イーストウッド「現代はあまりにもポリティカルコレクトネスとらわれ過ぎていて、軟弱な時代になった」(トランプの人種差別的発言で気分を害したとしても)「そんなくだらないことは放っておくべきだ」「内心ではみんなうんざりしているんだ」。

こたママさんのツィート

20年間NY市で暮らした日本人のブログ記事。 秀逸です。 現地でデモ参加している日本人をご存知でしたら、教えてあげて下さい。米国を守らないと日本が危ない。

左翼アンティファと陶酔白人カルトのデモがキモイ

https://akbrooklyn.hatenablog.com/entry/6-2020-demo-riot

| | コメント (0)

2019年11月26日 (火)

日本には合わないよ

カソリックのローマ教皇が来日してフィーバーしてるみたいですな。

19112617

それにしても法被を着せたらマズイだろ。いくらなんでも遊びすぎなんじゃね?。キリスト教圏から不敬だとお叱りを受けるぞ。

19112620

チャンスなのにフェミ界はまったくもって静かですな(棒)

19112613

僧侶でもある高須先生がぶったぎる。

19112514

1911261

1911262

Ekqtjtnuyaadkue

このウリナラへの発言で喜んでいた日本人だが。。。

1911264

この「日本人は難民を受け入れなさい」発言で一発でしらける。

1911263

1911266

19112614

19112611

猫組長ははなっからぶった切りしてました(笑)

19112610

1911257

1911268

1911267

たしかにビジネス化してますな。酷いもんだ。

1910272 

元々、こんなやつらですからね。

1911265

八百万の神の国の日本にゃキリスト教なんて合わないんだよ。

にしても

キリスト教←ユダヤ教←ゾロアスター教

イスラム教←

って根は同じなのにいつも殺し合いしてばかりなんだよね。

1911269

| | コメント (0)

2012年5月 8日 (火)

神格化について

宗教ってさぁ、なんのことはない、今でいえば法律、ちょっと古くて憲法みたいなもので、民を管理するために人間が造ったものなんだよね。人間なんて所詮動物だから、そのまま放っておくと、そりゃあ自由気まま、勝手に動いてしまう。なのでどうしても管理しなくてはいけないから、たくさんの言葉で取り決めを作って、そうしてそれは人間以上な存在の「神」の思し召しとしたところがミソなのである。人間同士ならば、いくらいいいこと言ったって、所詮お前だって後ろ暗いことしてるだろ?と誰しも考える。しかし、それが人知が及ばない神の思し召しとなれば、以外に誰もが大人しくなる。これらは為政者にとって絶対に必要なツールなのである。なのでアメリカの大統領が就任の誓いのときに聖書に手をかざして言葉を述べるのである。これは儀式なんだな。アメリカの大統領という絶対的な権力(実際は金融や軍事産業だけれどね)でも「神」が唯一の絶対的存在というパフォーマンスなのである。一応、建前は、「神への信仰」ってなプロテスタントてなところかね。(でもさ、軍事産業はもとより、米政府なんて「神」など信じているのかね?ヒロシマに原爆を落としたB29エノラゲイにはカトリックの神父が搭乗していたそうだからね。JFKもカトリックだったからね。)政治、民をコントロールするには宗教や神というのは必須なアイテムなのである。あの北朝鮮だって、金日成~金正日~金正恩と、それらを神格化しようとしている。そのほうが民をコントロールするのはたやすいからだ。ファシズムや共産主義は神や宗教を利用できないのでどうしても圧制的にならさるを得ないのである。イスラムなんて、民が自主的に統制してくれている。なのでゆるゆるな政治でも統制がとれるのだ。イスラムとはすごいものだ。

 

いくら「神」という特別な存在を奉って政治的の利用しようとしても、それ自体が存在が無いから、どうしても物理的に代理人が必要になる。それが神父であり、仏教であれば僧侶であり、カトリックなんて法王まで作ってしまったのである。そいつらは「神」の代理、代弁者という位置づけで、政治をサポートしている。人間、どうしても概念だけでは安心できないのだ。なのでどうしても、それらをすこしは物理的に見せないといけないから、神と民との接点を開発したのである。どんな宗教でも根本はまるで似た様なものなのだ。

 

ところが我らが日本国。これが八百の神ときたもんだ。これはギリシャ神話と実に似ているっていうか同じなのだ。神話なのだ。なのであまりに旧式で後付の昔話であるから、キリスト教やイスラム、仏教みたく法律ではないんだな。そこで我々の祖先が考えたことが天皇である。物理的な生神様とすれば代弁者はいらない。欧州よりも進んでいるのだ。なのでGHQが手をつけれなかったのもうなずける。神格化ということは、全ては生存するため、戦争しても生き残るための人類の知恵なのである。石油文明のアメリカであるが、いくら大統領が就任時の聖書に手をかざしてのパフォーマンスでも、最近の若者はそれに騙されなくなってきたようである。なので兵隊が集まらないのだ。イスラム教もキリスト教も根底には輪廻、死後の世界というものがある。これは後付だろう。輪廻や死後の世界が無いと誰も戦争で戦ってくれないからである。日本が靖国神社を作ったのも同じである。輪廻と死後の世界が無いと、誰も戦争など参加しない。さすがにアメリカもいまは兵隊が集まらないので困っている。科学を知れば輪廻などあるわけが無いのは当たり前である。いつの時代も若い世代は旧世代よりも賢い。脳は電気信号であるから、死はパソコンのコンセントを抜いた状態になるのは若い世代は知っている。死んだら終わりなのだ。なのでアメリカでは兵が集まらない。(自衛隊だって、平和だから人が集まるのですよ)だからいまアメリカは概念ではなく経済で兵隊を無理やり集めているのだ。ようは貧困な若者のいくばくかのカネを与え、それで大学への道をちらつかせ、それで前線に送るのだ。もうさすがに宗教や神では人間をコントロールできないところまできたのかもしれない。

 

なまはげだって、お化けだって、仏さんだって 神様だって みんな 実は 根本は同じ 長い人間の歴史で 生き延びるために生み出してきた方法なのだ。 あまりに下等であるが テレビや新聞、ましてや東大の教授がいうことは正しいと思わせられるのは同じことでもあるのだ。

 

神を生み出したのは我々の生き延びるという本能からなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年1月 5日 (水)

宗教ってのは所詮、道徳の成れの果て

この頃、渋谷駅の近辺で、「神を信仰すれば、貴方は贖罪から逃れられ・・・・・云々・・」と、スピーカーででかい音で拡声しながら勧誘しているへんなやつらがいる。あいつら、こんな日中にこんなことやって、いったいいどうやって糧を得ているのか不思議である。つーか、プラカード持って、スピーカーで怒鳴っても、どうやっても善意だけでは糧を得ることはできないはずである。それが善意ならば・・・・しかしである。やつらは健康そうである。ちゃんと一日三食はいただいているであろう。血色が良い。つーか、結局、現代の宗教など全てはビジネス=お金儲けである。

その昔、イエス・キリストが教え、またその弟子達が言葉を纏めたものが聖書である。あれって、ようは道徳でしょ。こうしたらいけない、ああしたらいけない。それを犯したら地獄に落ちると・・・・・子供を躾けるときに便利だし、世の中を治めるには道徳書があれば簡単で便利だからである。また、神とか仏とか地獄とか、この世の人が誰も見たことが無い神秘的なことを引き合いに出すから(それが無いと嘘がばれるからね)効果的なのだ。それがないと誰も宗教など信じない。

大昔、道徳が無いと、悪いことばかりするヤツラが後を絶たなかったから、それでああいうのを作ったのだ。それが人間の知恵でもあったのだ。ようは、昔は法律って概念が無かったから、それが宗教というもので人々を治めたのである。いま、宗教が滑稽であり、また時代に合わなくなってきたのは、「法律」という新しい宗教が出来たからである。行き場を失った宗教は、より神秘的な方向へと舵を切るしかなかった。そうなればそれは人の概念をも超えて、化け物になっていった。それが現代の宗教である。どんな宗教も、神秘的なことを除けば、ただの道徳でしかない。それをもっともらしくしたり、現代では金儲けにしているので道徳的なことをオブラートに包んで、神秘的なことをイデオロギーに変換しているに過ぎない。所詮はカネである。

法律ってのは、実は「道徳」である。市民的な生活を守るために法律ってのを作ったのである。それが大昔は宗教で、近代が法律ってことなのだ。

最近、その「法律」が宗教化してきている。例の検察の問題の本質はこれである。人間個別の解釈よりも法律のほうがいつのまにか正しくなっている・・・・六法全書片手に弁護したり起訴したり・・・・あれっ、牧師の聖書片手にと同じではないか?大笑いである。所詮、そんな程度なんだ。どっちも実はたいしたものではないんだ。そんな聖書やら六法全書やら経典よりも、昔の格言のほうが、ずっと害が無く、それでいて非常に有用である。おそらく日本の強さはそこにある。元々オヤジの格言であったのを経典としてしまった宗教は、個人とやらが実は無い。個人主義の欧米ってのは、実は元々個人が無いからあんな経典を必要としたのである。日本人なんてそんなのないからね。だから戦争で捕虜になったとき、欧米人はそれでも隊長をリスペクトするが、日本人はすぐに個人に戻って、隊長なんかを簡単に裏切る。それは個があるってことなんだ。昔は子供を躾けるときに、そんな悪い子だったら、向こうの山から怖いお化けがさらいにくるよ!とかなまはげとか、そんな神秘的、抽象的なことで子供を躾けてきたのである。その神秘的、抽象的な対象はなんでもよいのである。それ自体が曖昧だから。なので我々日本人はクリスマスでも正月でもなんでも対応できるのだ。だって、それ自体が元々、曖昧ではないか?別に不思議ではないのである。八百の神っていうくらい曖昧なもので道徳を保ってきたのがこの国なのだ。それを具体的にしすぎると先の大戦のように失敗したのだ。

なんでも白黒はっきりさせたいってのは一見、かっこよく見えるらしい(笑)まるで試験勉強だ(爆笑)教科書なんてひとつの経典でしかない。新しい発見があればそれは変わらないといけないのだ。

オウム真理教で高学歴の人がどうして?みたいなことが叫ばれたが、その叫けんだ人は本質が見えていない。その高学歴の人達は経典を差し替えただけなのである。だって個人などその人達はもっていなかったのだから。

まあ、宗教なんて、個人が確立できないから必要なのである。道徳ってのがないと世の中がぐちゃぐちゃになるから必然的に出来たものなのだ。神も仏もお化けも所詮は人間の創造でしかない。人々を管理するためのツールなのである。亜米利加の大統領が就任の宣誓で聖書をに手を添えて神に誓うのはセレモニーなのよ。自分は大統領であるが、それは全能の神の下に忠誠を近い、神を欺くことはありませんってな戯言だ。全ては嘘だ。でもそれが道徳なのだ。それがないと人々は統制できないからである。そのために宗教が使われているのだな。それだけではオカルト過ぎるから法律も追加したのが現代なのである。

ようは元々道徳だったんだよ。それが長い年月をえて、それで法律みたくなっちゃって、いつのまにかイデオロギーにもなり為政者の便利なツールになったってことなのだ。まあ、でもそれが無いと、人間なんて所詮動物だからすぐに敵を殺すから、それで宗教を作ったんだな。でもそれがまた大きな人殺しを引き起こすのはアイロニーではあるが、それは我々は本来動物なのだから致し方ないのである。

原発が暴発しないようにするための制御棒。それが人間に対する宗教ってものなのだ。道徳の成れの果てなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月30日 (水)

時代のうねり 宗教と哲学

デカンショー、デカンショーで半年暮らすよいよい・・・てな小唄があったが、この意味知ってるだろうか?

デカルト、カント、ショーペンハウエル。いわずと知れた哲学者だな。一般庶民は、この意味もわからなかったのであるが、しかし、この小唄が流行ったのである。(語呂がよかったのであろう・・)

一般の人々には哲学なんて理解できない。なぜならば意味が無いからである。理解できないものには、庶民は意味を持たないのである(持たないではなく持てない・・ってことなんだが・・)

それを判りやすく歪曲したのが宗教である。実は根っこは同じなのである。哲学は(バカな理論でしかないのであるが・・・)人間の行動、思考、心理を科学的?というか解明しようとする科学なのだ。でも学者なんて言葉がつたないのが普通だからあまり理解されない。それでインテリがそれを理解したような気になって税に入るのである。

そんな数少ない御宅の時代はよかったのであるが、世の中は大衆のほうが圧倒的に強いのである。その御宅の哲学というおもちゃを噛み砕いたのが新興宗教である。哲学も宗教も実は吐いている言葉は突き詰めると同じな場合が多い。占いがこれだけ市民権を得ているというのは同じ理論なのである。ようは言葉もマジックなのである。言葉は実に怖いのである。

為政者は言葉しか武器を持たない。逆にそれを有効に使う。だから為政者なのだ。経営者もそうである。盆暗でも運がよかった経営者は、その後の人々が盆暗の言葉を昇華するのだ。だから偉人を作るのである。

宗教に近づいたり、哲学に近寄ったり・・・・・人類はそういった過ちを犯しながら、そうやってバランスを取ってきて生きてきたのである。

本を読むという行為は、ただ単にその内容を知るということだけでないのである。重要なのが引き出しを作るという所作なのだ。言葉を受け入れる土台を作るといったほうがいいかもしれない。

哲学が重要だという論理が必ずインテリから出てくる。でも、哲学が行き過ぎると全体主義になり、それが宗教に行き着くのではないか?哲学は実は芽であって、花は宗教。それで果実は戦争か・・・・・・生命の理論通りではないか。

頭でっかちは実に危険である・・・・・・・

かといっても、みんな盆暗なんだから。どうでもいいことである。上手くいったらどうするんだ???それこそ終わりだろう???上手くいかないからよいのである。それを目標というのである。

それを具体的に持てないから宗教か哲学という抜け道があるのだ。特に宗教は強くてでかい。マイナス心理の集合体なのだ。最強だ!  あー怖い・・・・

哲学も宗教も商売もファッションも全て流行だ。時代の流れ、うねりの一こまだってことなのだ。

年末だというのに・・くだらないことを考えてしまう・・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)