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2010年7月29日 (木)

ある暑い日の出来事

暑い昼下がり、なんと外の外気は40度に迫りそうな勢いである。こんな日はどこえも行きたくない。

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暑さのせいではないだろうが、長年使っていたi-podがとうとう壊れた。もうずーっと動かしっぱなしで、2004年ごろに買ったので、既に6年は経過しているだろう。内蔵のバッテリーはとっくに、まったくダメであったが、ドッグに繫いでおけば動いていた。それでもハードディスクが壊れたようだ。長い間、ご苦労様であった。

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暑くて、どこへも行きたくないから、事務所の間接照明に挑戦した。場所は玄関の側の洗面のドア部分である。以前、光床用のサンプルを設置していて、それが好評であったのだが、現場でテストすると、メーカーに回収されてしまい、いまは何も無く、淋しかったのだ。

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光源は友人「はまやん」が持ってきてくれたJ-STRIPという、LED基板である。

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その基板の裏に両面テープを貼り、それで直接ドアの枠に取り付ける算段である。

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それで取り付けてみた。

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はっきりいって、良い出来である!!!一人、喜ぶ。デザイナーには受けが良いだろう・・・

後日、デザイナーの「s」が来たので、かっこいい!と褒めてくれるかなと・・・・そうしたら、まったく気が付かれなかった・・・・・・・

その後、またもデザイナーの「ぷ」が来たのだが・・・・・またもやまったく気が付かない・・・・いや、気が付いていたのかもしれないが、まったく興味が沸かなかったのかもしれない・・・・・

ちょっと悲しい。。。。しくしくしく。。。。。。

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2010年7月28日 (水)

友人「s」

暑い日の昼下がり、電話が鳴った。「いる?、暑くってサー、なんか冷たいのある?」とのたまい、「s」が久しぶりに登場した。糖分0の発泡酒を与えると、喜んで飲む飲む!

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あいかわらずロン毛は止めていない。でもけっこう経つのに、たいした毛髪が伸びていない・・・・・

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しかし、この暑さによる暴飲暴食のためか、肥満度はかなりアップしたようである。もう、どこからがアゴで、どこまでがくびなのか、がよくわからない。

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いまは、なんと108kgで、バスト108、ウエスト108、ヒップ108の見事な数値であるらしい。それでも、最盛期は113kgというから、いまとは、たったの5kgしか違わない。恐るべし「s」である。

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そんなお茶目な「s」であるが、「i-pad買ったんだよー・・・でも3時間で飽きてさ・・・・」相変わらずの超わがままである。ただ、アプリを入れただけ。それで買ったということだけで満足してしまい、飽きてしまったそうだ・・・・・「どうせ使わないから使っていいよ」と・・・・・とりあえず「s」より受け取った・・・・まあ、自分が使いそうなら、「s」から買ってあげようかと思うのだが・・・・

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実物は思ったより大きい・・・・・i-phoneと比べると、すごい大きくて重い・・・・

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自分も3時間で飽きるということは無いとは思うのだが、使いこなせるのか?・・・それが心配である・・・・・

しかし、しばらく見ない間に、また期待通りに巨大化する「s」である。恐るべし「s」!

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2010年7月26日 (月)

食べながら電話・・親の顔が見たい

蕎麦屋などで、たまに見かける、食べながら電話をしている奴・・・・今日もまったく勘違いしていて、「いかに自分は優秀で忙しいのよ」なんてアピールしているのか、心まで醜いバカ女が蕎麦をすすりながら電話で喋っていた。もうあきれて物が言えない。。。本当に頭が悪いのである。こんな本物のバカは、躾の悪い学生か、あるいは、ちょっと派手なかっこうをしている、若い堅気でない男、あるいはアホの中年の零細企業経営者くらいである。

だいたいが、こいつら、喋りながら食べるということ自体が恥ずかしくないのである。それも電話である。電話の相手に失礼極まりない。食べてる時に電話がきたならば、まともな人間は、ちょっと後で掛けなおすとか、考えるであろう。しかし、こいつら、まるっきり躾がなっていないくせに(だからこそか)自分より位の上からの電話では食べるのを止めるのである。食べながらの電話の相手は、必ず自分よりも格下なのである。だいたいが、そんなに重要な電話なんてどれだけあるんだ?逆に、優秀ならば、電話で相手を拘束することなんてしないだろうが。こんなバカほど忙しいとのたまう・・・・・

ランチを共にするとかいいうのは、双方が同じ条件であるから成立するのだ。片一方が食べているというのは殿様、あるいはやくざの親分、横綱など、圧倒的に身分の差がある場合なのである。集金の手法で、金を払わない奴に家に陣取り、そこで出前を取って食べるという嫌がらせがあるが、それは相手がどう思うか?その心理戦なのである。通常、食べている時は心をオープンにする時だから、賢い奴は非常に気を使うのである。まあ、そいつら、バカだから、そんなことはこれっぽっちも考えられなくて、ただ単に、腹が減ったから、喰うだけなのである。貧乏くさいっていうのはこいつらを指す言葉である。

喰うか、喋るか、どっちかにしろ!携帯を覗きながら歩くな!お前ら、そんなに同時になんでも出来るならば、仕事を何種類も同時平行で行えよ!でもまったく出来ないだろう。結局、どっち付かずのバカであるからどうしようもない。まあ、バカは一生、賢くなることはない。バカはいつまでもバカである。

まったく、親の顔が見たい・・・・・

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2010年7月24日 (土)

運気

今日、友人と飲んで考えた。その友人はとうぜん、運が強いひとである。

誰にでも、どんな生物でも運気というのがある。その運気の集合体である会社はもちろんのこと、地区や国でさへも運気というのが密接にその行き先に係ってくるのである。

ずっと体の調子が良い人なんて世の中にはいない。それと同じく、幸運がずっと続く人もいないのである。風邪ひとつ引いたことがない健康体の人が突然、大病になったりもする。遅かれ早かれ、誰でも、どんな生物でも死を迎える。それが自然というものだ。運も同じなのである。結局、「運」とは生命力と同じものなのだ。

生まれつき、体が強かったり、弱かったり。足が速かったり、遅かったり。勉強が出来たり、出来なかったり。美人だったり不美人だったり。元々の生まれ持った先天的性質は、後天的なもので変わることは殆どありえないのである。それをはっきり言ってしまうと、世の中が荒廃してしまう。そんな事実をうやむやにする秩序というのがあるから、人々は生きられるのである。亜米利加主導の新自由主義が最終的に破綻するのは、そのうやむやを取っ払ってしまうからである。負けがあるから勝ちもあるのだ。幸運もあるから不運もある。幸運だけを大きくすると不運も大きくなる。それでは不運が大きすぎて誰も努力しなくなる。そうなると幸運も不運も共倒れになるのだ。それがリーマンショックなのである。お話は飛躍してしまうが、まあ、宗教ってヤツは、そこのところを曖昧にする処方箋みたいなものなのだ。でも、その効き目が強すぎて、その力を利用されたり、したりしているのだ。

逆に、会社などで、社員を平等に扱おうなんて動きをすると、てきめんに駄目になる。平等は負けの理論で、不幸が大きくなるのだ。だから全体が沈んでしまうのである。世の中、ちょっとの不公平というのが良いのである。それをいい塩梅というのだ。そのために政治や都市や地区、サークル、それに企業体っていうものが存在しているのだが、それが文明の発達で都市化が進み、またネットの発達で情報の平等化が進んでしまい、逆に理想とはかけ離れていく。2ちゃんねるとか阿修羅とか、いろいろなブログが最終的な力になり得ないのはそういうことである。

世の中、運の強い人、弱い人はかならず存在する。運が強い国に生まれた人とそうでない人。これは誰も選べない。でも、運が強いといわれる人って、自分の運気に敏感である。運が悪い人を極力避けるようにするし、自分が運気が悪いときの身の施し方が上手なのである。運が見えない人は闇雲に走る。ほんのちょっとの差でしかない。しかし、そのちょっとの差がすごい差になるのである。

どんなに運が強くても、弱くても、誰でも必ず死を迎えるのである。100%間違いない。そうして二度と再生することはない。輪廻転生などありえない。もう一回生まれ変わってなど生物学的にありえない。まあ、それをごまかすのが宗教ってヤツなのだ。必要悪なのである。

まあ、生まれたのも偶然である。ちょっとタイミングが違えば、まったく違う自分だったかもしれない。その場合はまったく違う考え方をするであろう。同じ親から生まれた兄弟でもまったく違うのはそんな理由なのである。自分というのはその偶然のタイミングで生み出された、たった一つの唯一の存在なのである。だから幸運、不運も、実はあまり大きな問題ではないのである。そんなことを言うと、世に出なかった、大量の精子、卵子に失礼である。

まあ、そんなだいそれたお話ではなく、もっと小さなお話でいくと、運のよしあしって、結局は人なのだ。運が良い人の周りって、運が良い人が集まり、それでもっと運が良くなるのだ。

結局、運気ってやつは体調と同じなのだ。良いときと悪いとき。それで老年になると調子がよい日が珍しくなる。運がいいとき悪いとき。それがあるから面白いのである。

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2010年7月22日 (木)

チキンライスとチキンカツライス

事務所のエアコンが効かないのをスカイプの会話で指摘してくれた友人はまやんが、自分で開発した?画期的な照明器具を持ってきた。この器具、なにが凄いかっていうと、電球色(2700k)から白色(6500k)までつまみひとつで簡単に可変できるのだ。それもリニアに中間の色まで簡単につまみを回すだけである。普通はこれでも凄い。しかし、実はもっと高度で、我々舞台屋の世界共通の制御信号DMX512で簡単に色や照度が可変できてしまうのだ!それでLEDとしては画期的な高い演色性。実にマニアックな商品なのである。売れ先はテレビ局、それにスタジオカメラマン。はまやん曰く・・・・たしかにさー引き合いはあるんだよね・・・でもさー、カメラマンさんとかって、3台とか5台とか・・・・・細かくて・・・・・・・そうなのだ。この商品は良いのであるが、あまりにもマニアックで世間一般は誰も知らないのである・・・・・

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薄いしさー、LEDなのにえらい明るしさー、おまけに演色性も高いしねー。会議室とかホテルとかにいいんでないかい?(北海道弁丸出しで)友人「ぷ」に相談してみるよーとかいって、暑いのでビール飲んで、そうしたらはまやんが、「渋谷に美味しい台湾料理屋があるからそこいこう!」というので、それで渋谷の街中へ。

いつもは人が多くて嫌いな道玄坂を上る・・・・・それも超暑い夕方・・・・しかも、はまやんも2~3年ぶりということでしこたま迷い、それで着いたらお休みであった・・・・冗談みたいな結末であった・・・・

仕方が無いので、別な店を物色する。過去に友人「ゆうすけ」が好んでいた店を探すのだが、なんと見つからない・・・もう閉店してしまったのだろうか???そうしたらはまやんが、ここおいしいよと、そのはまやんがお勧めという焼き鳥屋に入った。なんか雑然とした、吉祥寺の昔の「いせや」のような雰囲気であった・・・

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とりあえずビールを発注!それで事務所で飲んだビールの多量な水分→膀胱に溜まった尿を排出し、やたらでかいジョッキで乾杯したらば携帯が鳴った。なんと、うわさしてた友人「ぷ」からである。ぷ「いまどこにいる?事務所?」私「いや、もう道玄坂で飲んでる」ぷ「えっ、もうこんな早くから?」私「だって暇なんだもん」ぷ「合流していい?今までお客と打ち合わせしてきて、それで、いますぐ話たい!緊急だ!いま渋谷なんだ」私「無論オムロン!」それで友人「ぷ」が合流した。

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どっちかっていうと、「ぷ」には似つかわしくない店である。しかし、よほど暑かったのか、打ち合わせが大変だったのか、この店にすぐに順応し、やたらでかいビールジョッキをぐびぐび飲んでいる。

それで「ぷ」が、「かくかくしかじか・・・・」・・・「なんとかなんでないの?金曜日、現場でお願いしてみようよ・・・」それで「ぷ」は安心したのか、目の前の「はまやん」に反応する。

私「はまやんってさー、i-phoneのヘビーユーザーでさー、おまけに連絡はメールじゃなくていつもスカイプなんだよ・・・ったく面倒ったりゃありゃしないよ・・・ぶつぶつ・・・・」

そうしたら「ぷ」も「はまやん」も、スカイプがいかに優れているかで大盛り上がり・・・・友人「悠○くん」がスカイプでデータを送るものなら、貴様!貴重な時間を!とか言って、激怒りするのであるが、この二人はスカイプは凄いとか、データも簡単とか、なんか盛り上がっている・・・・・・・しまいにゃ、「はまやん」がi-phoneでスカイプも出来るよーとか・・・それで「ぷ」が私のi-phoneの設定を・・・・「はまやん」は何回かこの店に来たことがあるらしく、それで発注ははまやんに託す。

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ちなみに、私の関与しているパーソナルコンピューターのmixiとかスカイプとかの設定は全て友人「ぷ」にしてもらっている。なので、それぞれのパソコンが「ぷ」が来訪した時点での設定になっているのである。パソコンは6台、常に稼動しているのだが、実はスカイプもmixiもそれぞれ動作が違うのである。友人「ぷ」の設定した時点のままなのである。それをこのパソコンではなんか変だとか返答が出来ないとか、いろいろ文句をいって「ぷ」を困らせている。なんたって、スカイプとかmixiとかが言ってくる、アップグレードとか一切応じていないのだ。とにかく動作が変わるのは嫌なのである・・・・・i-phoneのアップグレードが出きるよー!と、「はまやん」から例のスカイプ攻撃であるが、「そうなんだー、やってみるよー」とか返答しながら、まったくやらない・・・・保守的で頑ななのである。

まあ、それはさておき、この店、ほんと、吉祥寺の旧「いせや」みたいである。メニューが似た感じである。

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「はまやん」は実は私と同い年である。しかし、超クリエイティブ(ヲタクだ)で「ぷ」と同じだ。このブログによく登場する孫があとちょっとで3人になる大魔人と私は同類っていうかエンジニアなのである。「はまやん」はバリバリなエンジニアなのだが、でも根っこはクリエイティブなのだ。不可思議な関係である・・・・・

そうこういっているうちに、〆の時間になった。それで〆を何にするか?メニューを見て考える・・・・チキンライス¥900-・・・チキンカツライス¥980-・・・たった¥80-の差である。当然のごとくチキンカツライスを発注する・・・・こちらのイメージでは、チキンライスの上に、たった¥80-でカツが載ってくる!!!

しかし、登場したのは、たしかに「チキンカツライス」であった。

チキンカツに、皿に乗ったライス・・・・+お吸い物・・・・・・・

違うだろうが!”!!!怒、怒、怒!!!

俺様(私)が発注したのは、ケチャップで彩られた、限りなく赤に近い、すっぱいチキンライスなのだ!!!妊婦ではないのだが、すっぱいのがすきなのだ!「ぷ」の部屋になってるイタリアンでは、まかないパスタにケチャップ大量!って発注するぐらいのケチャップ大好きなのである。そこに白いご飯とただのチキンカツではガッテイム、サナバビッチである・・・・そこで発注を託した店員さんと会話をする。「チキンライスって赤いだろう?違うだろ?」店員さん「いや、たった80円の差でこれっていいましたよね・・」

そこで・・・・「お前さーちゃんと説明しろよー」とか難癖・・・・・「あー気分悪い!」とか嫌なじじい。

でもね 意外と冷静でね 実はすっごい、甘いクレームなのね できればこういってほしかった 「お客さん、チキンライス・・・・・・「チキン”カツ”ライス」・・・・またメニューの上下にあるってことがミソなんですよ。皆様、これでクレームをしてくださいます。」ここまでいってくれるとね。このお店のファンになってしまうのですよ。自分で店を持つぐらいになるのはそんな切り替えしができないと駄目なのである。

いっつも決まっているお客さんとか、堅気のお客さんの商売は、なんだかんだいっても楽なのですよ。

チキンライスとチキンカツライスの違いくらい・・・・お金でもめないのだよ。

ほんのちょっとの差なんだよね・・・・

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2010年7月20日 (火)

暑い・・・

梅雨も明け、すっかり真夏日である・・・・管理している事務所、最上階で、おまけに断熱材などまったく入っていない古い建物である。夏はすこぶる暑い・・・・・おまけにエアコンに効きが悪い・・・・・・友人からスカイプでの連絡が来たので、「暑いよ~」と愚痴を言ったら、「それはエアコンの内部が汚れているんじゃないの?」と。おお!そうかと、エアコンを明けてみたら、なんと真っ黒・・・・・このエアコン、内部自動クリーニングという機能が付いているもんだから、それを定期的にやってたんだけど、そんなのまったく効いてなかったわけだ。それで、最寄のビッグカメラでエアコン洗浄剤を購入!なんと¥480-!リーズナブルである。

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フィルターを外し、水で洗い、内部はこのスプレーを噴き洗浄する。内部のフィンが超真っ黒・・・・・洗浄剤1本を全て使いきり、これですこしはきれいになっただろうか・・・・

エアコンのスイッチを入れてみる。

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おお!涼しい!!!!いままで24度の設定で、室温が32度以下にはならなかったのだが、なんと28度になった!4度も下がった!!!非常に快適である。友人に感謝なのである。

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2010年7月18日 (日)

フローリング大作戦

梅雨も明け、日本の巷は三連休。しかし、管理人にはそのようなものは関係ないのである。昨年のGWに行った「フローリング大作戦」から1年と3ヶ月が経過した。あんなにいっぱいキシラデコールを塗ったのに、もう劣化が始まっている。友人「s」から譲り受けたこの屋上を維持管理せねばならないのである。

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日曜日のこの晴天、小バイクでケーヨーデーツーに向かい、キシラデコールを導入する。こんな晴天にわざわざやらなくても・・・と思うだろうが、晴天だからこそ、乾きも早く、二度塗り、三度塗りが効果的なのである。

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昨年の大作戦では太陽光線への防御を怠ったので、首筋の日焼けに参ったので、今年はその反省で、白いTシャツにタオル+サングラスで防御。準備万端である。また、この時期にはあの邪魔なスズメバチもやってこない。

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早速、塗り始める。キシラデコールを鉄のバケツに移してから塗るのであるが、なんか去年よりも水っぽい感じが・・・・缶をよく振ってみるが、あまり濃くならない・・・・まあ、いいやと、とにかく塗る・・・・6

また塗る

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それにしても、やたら暑い。冷たいペットボトルの水がすぐに温かくなるぐらいである。こんな状態では中年のおっさんは死んでしまう・・・・たまらずパラソルを設置する。

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それでまた塗る・・塗る・・・・

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ようやく一回目の床塗りが終了する。だんだん精気が失われていく・・・・

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昨年、塗り方が下手で、キシラデコールが足りなくなって、塗れなかった場所を塗る。これで柵も、すこしは寿命が延びるであろう。

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それから、残ったキシラデコールで、床の二度塗り、三度塗りを行うが、残り最後のキシラデコールをバケツに移すと、なんと、どろっとした濃いこげ茶の塗料部分が出てきた・・・・・・げげっ・・・・やはり混ぜ方が甘かったのだ・・・・そのどろっとした原液を剥がれが酷い場所に塗りこんでいく・・・・・原液はすごく乾きずらいので、靴の裏がべとべとで、フローリングにくっ付いてしまう・・・・・・それでも色は良い感じである・・・

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ようやく作業終了・・・・・・・中年のおっさんはぼろぼろである・・・・・

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今年もフローリング大作戦が無事終了した・・・・・・

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2010年7月17日 (土)

とんがらしと大魔人

大魔人と久しぶりに「とんがらし」に行った。ここは人気店なので、なかなか入れないのであるが、その日は早い時間だったせいか、入ることができた。Photo

大魔人も私も6月生まれのかに座である。中年のおっさん二人で淋しいかに座会のパーティーである・・・・・

この「とんがらし」という店、前にも紹介したが、渋谷の宮益坂にあるのだが、料理が美味しく、お客は中年のおっさんが多い。新橋系のようなお店である。下の写真が店長の浦邉さんである。Photo_2

それにしても中年のおっさん二人は食が細い・・・・おまけに大魔人は出張帰りでとても疲れている。よけいに食が細い・・・

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店は以前に焼肉屋だったようで、排煙ダクトが残っている。

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店の紅一点。

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大魔人はカメラを向けると自分の手で眼を隠す。

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その後、おっさん二人でしみじみ飲んでいたのであるが、大魔人の部下、「肉食獣」が腹を空かせてこちらに向かっているそうだ!おっさん二人はもう十分に腹一杯になったので、店を変えることにした。

その後、肉食獣が登場。疲れきっている大魔人は殆ど飲まず、私も日本酒2合に肉豆腐だけ。肉食獣は飲むわ喰うわ・・・・・・あいかわらず枝豆は大好きで、2つたのんで全てをたいらげた。恐るべし肉食獣である。なんとほとんど肉食獣が飲んで食べているのに、先のとんがらしよりも支払いが多かった・・・・・・あまりに疲れきった大魔人はっそくさとタクシーに乗って帰っていった。肉食獣は上機嫌であった・・・・・・・嗚呼、疲れた・・・・・

居酒屋とんがらし 東京都渋谷区渋谷1-9-8センスビルB1F TEL03-5485-0701

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見積もりは知的なゲームである。

そのモノがいくらで買えるのか?、その仕事がいくらで出来るのか?それを示すのが「見積もり」というものである。当然、金額や規模が大きくなればなるほど、その内容は複雑化し、高度化する。建築や造船、産業機械など、その内容が多岐にわたるその見積もりは最早、芸術の域である。世の中の一般常識的な金額を押さえ、それに仕事が取れるか、取れないかの判断を見積もりの中に散りばめる。見積もりはただ単に金額の羅列である。しかし、その金額のちょっとした大小に、その見積もり製作者の考え、思考能力、度胸、判断が如実に現われるのである。見積もりが提出されれば、それに対し、査定、判断する相手が必ず存在するのであるが、その査定、判断する者の知的レヴェルを察知し、それに対し、戦略を金額に当てはめていくのである。また、査定者は、その見積もり作成者の構図、考え、本気か?あるいはやる気が無いか?それを金額と内容で察知しなくてはならないのである。金額や提出のタイミング、言葉尻などを全て総動員して推理する、とても高度な知的なゲームなのである。

産業の場合、だいたい、設計図を元に見積もりをするのであるが、その設計図というのは殆どが完璧ではない。よくて80%くらい。酷いものでは50%以下くらいしか真実ではないのだ。そこを見逃さずに、曖昧な嘘の部分を抽出し、それをどれだけ難易度があるか?実際はこれだけコストがかかるということを金額に現していくのである。その曖昧な部分は、設計者が気がつかなかった部分なのか?あるいは、トラップなのか?それは冷静な判断が必要なのである。あまりに露骨にそこを突くと設計者に嫌われて、仕事が取れなくなる可能性が大きくなってしまう。だからそれは設計者と図面を見て、オブラートに包んだ指摘と金額にしたり、あるいは強行に指摘もしたりするのである。まあ熟練になると、図面の流れ、描き方、まとまり方で、ある程度は直感が働くものである。ある図面から、突然に詳細がきっちりしていたりしたら、それは業者が描いているから、もうすでに金額は決まっているのだ。その業者を捕まえて金額を出させたほうが早く、見積もりの精度が上がる。図面枠の文字のフォントや場所がずれている場合も同じである。タダ単にまとめただけである。逆に、それがきちんとまとまっている設計図は恐ろしく手強いのだ。アマチュアレヴェルでは対応できない難易度なのである。プロはそんなところを見ているのである。だから、金額が安いほうが良いのであれば、脇が甘い設計図面のほうが良い。しかし、きっちりしたモノを作りたいのであれば、出来るだけ隙が無い、統一された設計図面にすべきなのである。重要な協力業者には、フォント、線種、その他決まり事のルールを決めておくべきなのである。設計図のレヴェルと金額の信憑性は比例する。それは間違いないのである。

まあ、これは建築系なのであるが、そんなことが良く判っている設備設計は、自分で設計図を描かずに、業者やメーカーに依頼する。そうすりゃ、間違いない設計図が出来上がる。それでそのメーカーや業者に仕事を取らせる。巷で言うとこれが談合というものである。金額合わせなどは、その後処理でしかない。巷で問題になっている「談合」は実は後処理のことを言っているだけである。実は、そのずっと前から談合しているのである。いつも設計者が苦しむのが、予算と見積金額が合わないことなのである。どっちかっていうとエンジニア系の設備設計は、デザインよりも実を取る。だから出来たものが面白いとかよりも金額が合って、それで上手くいく事を選ぶのだ。だからメーカーや業者に設計図を描かせて、施工させれば万事上手くいく。それに設計費用もかからない。所詮、企業なのである。利益を出していくらなのだ。そういう考えになってしまうのである。だから建築、インテリアと設備は仲が悪いのである。建築、インテリアにとって設計は夢や作品の実現である。しかし設備にとっては、現実の実現なのだ。そこは永遠の隔たりなのかもしれないが・・・・

そんな知的な見積もりゲームであるが、それを査定して決めるのは、なんと設計者である。殆どの設計者は施工を知らないので金額も判断できないのだ。知っているのは予算だけである。でもこの予算を知っているというのがすごいアドバンテージなのである。はっきり言って、それに尽きる。プロはその金額に応じて、最大限のバリューを提供できるのだ。だからプロフェッショナルなのである。

ここで真実を言っておこう。川上に行けば行くほど時給単価は高くなるのである。だから設計者やコンサルタントなどがVE(バリューエンジニアリング)とかやってると、そのほうが膨大な無駄なコストなのである。馬鹿が無い知恵を絞るのは滑稽でしかないのだよ。VEするのは頭が悪いどころではない。罪なのである。それを自分の手柄みたく立ち回るのは自分の馬鹿さ加減もしらない本物の盆暗である。それはまったく施主のためにはならないのである。コストの高いところをいかに抑えるか。それが本当のコストカットであり、バリューエンジニアリングなのである。馬鹿でコストが高い、存在も無駄な輩が低い知能で考えるなよ。だから、いいもの作ろうって考えるのならば、設計図をできるだけきちんとして、それで単価が安い、実際に手を動かしてくださっている人達(それっておかしくないか?設計者なんてなんにもできないだろうが?だから駄目なんだよ)にできるだけ動いてもらう。そのほうがずっと良いものができるのだよ。それは真実である。ただし、友人「Y」のような建物の根幹の(このごろなんかフラストレーションがたまっているようだが・・)仕事は、それはやってもらわなくてはいけないのだ。それは施工とはかけ離れているからである。意外と根幹は地味に見えるのである。それでも「怒っちゃ、やーよ」。一見、地味なように見えるのが実はそれが最大のウェポンなのだよ。

お話はすっごく逸れたが、金額をはっきりさせろよ。つくづく思う。ばかな輩程、それを秘密にするんだな。だいたいが、見積もりを査定するっていったって、全体の金額が判らないと判断しようがないだろうが???見積もりは知的なゲームなのである。

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2010年7月16日 (金)

思うとおりにならない 人の反応は胸先三寸

世の中の一般常識、ああなればこうなる、この場合はこう考えるであろう。これは養老先生がいうところの都市化の概念である。一般的に、この常識と言われる、ああなればこうなるに素直に、その期待通りに対応できるのがこの都市の大人といわれる人達である。一般的にこの「常識」の範囲内で過不足無く過ごせるのであればそのサークル内では安泰なのである。しかし、その範囲を超えるものがしばしば発生する。それが常識外の才能の持ち主であったり(その人達は概念がそもそも違うのであるが)子供であったり、あるいはその時の気分であったりである。そもそも、常識=都市化というのは作られた概念である。それ以外、非常識とか、想定外というのは自然ということなのである。子供はしばしば大人の言うとおりにならない。それは子供がおかしいのではなく、自然だからである。うるさい子供を封じ込めるのは、それは子供に大人の常識を強要することなのである。それを躾というのである。

しかし、そんな大人も酒を飲んで騒いだり、はめをはずすこともある。所詮、人間だって動物なのである。生まれてきて必ず死ぬ。そんな生命のサイクル、自然の中で生きているのである。いつも理論的に生きているようなインテリといわれる連中だって同じこと。どんなに考えようとも、いくら教養(それがいいかどうか?)があろうとも、我々のDNAに流れている自然にはかなわないのである。だから人の反応や考えなどは、その人の胸先三寸でいかようにも変わってしまうし、違って当然なのである。

でも、警察や政治が動物的な自然であると上手くはいかないから、彼らはああなればこうなるという都市化の論理で、期待通りに行動していただかなくては世の中が破綻するのである。

ああなればこうなる・・・・なんてばかり考えてないで、無理に自然に抗わず、もしかしたら明日死ぬかもしれないと、自然をいつでも受け入れる。頭でばかり考えるからうまくいかない。寝れなくたっていいではないか。鬱になってもいいではないか。あるいは死んだっていいではないか。この世に生まれたのも偶然の産物なのである。誰だって必ず死ぬのは100%間違いないのである。それが明日か、一年後は数年後かくらいの差でしかないのである。

まあ、常識ってのは(親の言うことも)生きる術ではあるのは間違いないのだが、所詮、人間ってのはそれほど考えるとおりになどならないものである。だから思うとおりにならなくても落胆してはいけないのである。世の中には、頑張ればどうにでもなる!なんていう輩が多いが、それは嘘である。そんな大嘘は信じないように。頑張るだけではうまくはいかないのが現実なのだ。知恵と継続する執念と、運(タイミング)が重要なのだ。

幸も不幸も胸先三寸。あと一億年もしたら、誰も、誰の子孫もいなくなるのだから。だからといって、自分勝手ばかりに生きていれば村八分(ホント、昔の人はいい言葉を遺したね)そこを上手く立ち回るのが粋なのである。常識ばかりとらわれていては野暮である。

にして野だが卑ではない―石田礼助  素晴しい言葉である。 この人物の小説を城山三郎が描いております。もう20年以上前の作品です。もしブックオフで見つけたら是非!

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2010年7月14日 (水)

最近読んだ本 41

「普天間」交渉秘録 元防衛事務次官 守屋武昌 著 新潮社 ¥1600-

これはすごい本である。暴露本というには恐ろしいほどの事実の羅列である。逆に事務的なように羅列された言葉が戦慄でもある。内容は、著者がずっと年々にも渡り、普天間基地の移設に尽力し、それで事務次官にまで上り詰めながらも、結果的に上手くはいかなかったということである。何故彼が異例の事務次官の4年も勤めたのか?また何故定年を延長したのかがよくわかる。ここまで仕事をして、こき使われて、それで最後には裏切られて刑務所にいって、退職金まで返納して・・・・・理想主義だったのか、人がよかったのかは判らない。しかしたしかに理想が大きかったのであろう。それで最終的には足をすくわれたかっこうである。佐藤優氏と同じであろう。まあ、それでもこの驚愕な事実を公表したのは素晴しい。たいした人物である。ただ、全ての事実を公表しているわけではない。それは時の防衛大臣がおかしな動きを示しているのであるが、その「理由」には説明していない。この本に出てくる防衛大臣は、大野、額賀、久間、小池であるが、額賀の妙な動き、また久間のあの原爆発言、またこの著書にはもっと劇的に久間のおかしな動きがあるのだが、それを著者は久間が大臣を辞めたかったのであろうと簡単に評している。このあたりは妙である。小池に至っては、ぼんくらっだからどうでもいいのかもしれない。そのあたりは、また著者の続編に期待するしかないであろう。歴代官房長官も妙な動き、反応をしている。それにも説明は一切ない。根本的に、沖縄がどうして内地に対し、これだけ約束を反故にできるのか?大東亜戦争、その後の占領、いままだ米軍の基地の75%が沖縄に実在するという事実・・・・それは今になってもどうしようもないくらいに大きいものなのだ。事実、今でも韓国や中国にそのことで戦後65年経っても、ずっと責められ続けている。

しかし、この本が2年前、あるいは1年前にでも発刊されていると普天間問題は違う方向を示したのではないだろうか?この本を読むと、鳩山くんがいかに頑張ろうとも、絶対に普天間問題は解決できないのがよく理解できる。鳩山くんの公約で普天間問題を言ったことで、そこからもう失敗は始まっていたのだ。誰かが鳩山くんに「普天間を言えば選挙に勝てる」と誘導したのであろう。そのころ著者は、何故かタイミングよく、檻の中である。あまりにも出来すぎであろう。彼が娑婆にいたのならば、もし、鳩山くんに助言したならば、鳩山くんはまだ辞任などしていなかったであろう。何故彼があのタイミングで収監されたのか・・・・

ここで不可思議な疑問なのである。著作の中で、著者は、時の小泉元総理より絶大な信頼を得ていたようなことが書かれている。それが小泉首相が辞任してからも続くのである。小泉政権のときの鈴木宗雄議員だってそうである。しかし両者とも檻の中に収監されたのである。検察の力?小泉首相の裏切り?防衛庁と外務省の軋轢?あるいはマスコミ?

どれも違うような気がするのだ。どこにもそこまでの意思決定、権力があるのかが疑問なのである。検察といっても所詮は公務員である。犯罪を検挙するのが仕事といえど、ここまでタイミングよく、時の権力や、同じ公務員を検挙するっていうのは、なかなか出来ないことであろう。小泉首相は権力者ではあったが、いくらなんでも事務次官と代議士までには手を出せまい・・・・マスコミ・・・・・朝日や読売は世論を歪曲するのは簡単であろうが、所詮は兵隊みたいなものであろう・・・・・・

別にベンジャミン・フルフォード氏のようにフリーメーソンを信じてはいないが、でも確実になにかがあるような気がしてならない・・・・http://ofureko.exblog.jp/page/2/もうアップが止まってしまったこのブログの内容が事実なのかもしれない・・・・・清和会、旧経世会、経団連、マスコミなどなど、ネットの世界でもこいつが悪い、あいつが悪いの大合唱である。しかし、あの会社だけは誰も叩かない・・・・・・・不可思議である。

それにしても、ネットや左翼系では「小沢氏」が救世主みたく扱われている。これってかなり買いかぶりすぎてはいないだろうか?たとえいくら小沢氏が凄い有能だったとしても、たった一人でこの国が良くなることなどありえないのである。所詮、政治家は判断や調整をするだけであって、実務は全て官僚が行うのである。ある意味、菅さんが官僚の軍門に下ったの理解できる。政治家だけではどうにもならないからである。古今東西、政治だけでよくなった国は存在しないのである。政治家など、悪か最悪かの違いなのである。できるだけ最悪を選ばないで、出来るだけ楽しく生きていくのが我々庶民なのである。

まあそんなことはさておき、とにかくすごい内容の本である。この内容からすると¥1600-はタダ以上の価値である。超おススメ!!!

大不況!!年収120万円時代を生きる 森永卓郎 著 あ・うん

年収300万円で生きる方法で有名になった著者であるが、数年の間に、もはや年収120万円時代と・・・・・それだけ産業構造が変わったのだ。お金は実は世の中に溢れて余っている。だから貯蓄率は高いままなのだ。それを誰も使わないから不況になるのだが・・・・でも庶民はこういう本を読んで、できるだけ賢く、自己防衛して生きたほうがよいと思う。なんいも知らないで銀行から借金したりして身包み剥がされるのは世の常なのである。この人の書いていることが全てではないだろうが、参考にはなるであろう。

今回は、やはり守屋さんの本が素晴らしかった!

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仕事には山というのがある

友人から、ある現場で仕事がヤバイとの情報が・・・・・だいたい上手くいかないのは、仕事のリズム、山や谷に合わせて仕事をしていない輩が多いからである。特に設計は、どう頑張っても、後戻りはできないのである。昔、業者だったとき、設計の時に、内容を吟味するのが甘く、それで、後から何回も倍返し、3倍返しで苦労した。いまでも完璧になんてもちろん出来ないのだが、それでもその苦労が体に染み付いたのか、その山や谷は判るのだ。設計図がまとまっていない現場は大体がダメである。それは間違いない。この頃、デザイナーという名前の人たちがスケッチだけで設計を終わらせようとする。また間違った設計者も施工者の図面で設計図書をまとめようとする。それは罪なのだ。特に設備設計はメーカーにただで図面を描かせ、それであたかも自分がまとめたように繕う。だからちゃんとは出来るが、ポリシーの無い建物ばかりになるのである。絵だけで建物が建つわけがないのである。

それにしても・・・・仕事の山を外すと仕事量は数倍に増えるのだ・・・・・だから効率がものすごく悪くなる・・・・・・・基本中の基本なんだが・・・・・

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2010年7月12日 (月)

菅はただの人形だな

この属国の首相、菅直人の敗北の弁。最低である。まあ、知能が低いのは仕方が無いのであるが・・・・でも敗北の弁で、野党の、いや、自民党に擦り寄る発言なんて、馬鹿を通り越しているのであるが・・・・・日本テレビの若い記者の質問も全てを記憶できない能力しかないのだから致し方ないのだが・・・・質問した日本テレビの若い記者、賢い。質問が的確である。若いから賢いのであろう。

それにしても、疲れているのは判るけど、菅さん、返答が支離滅裂ですなあ・・・・間抜けだな。やっぱ、野党っていうか、元々、社会党でしかないんだよ。マイナーが首相になった悲劇なんだよな。かといって、自民の谷垣くんもマイナーでちっちゃいから駄目なんだけど。だめ同士の戦いだったから、今回、みんなの党なんかでも善戦したのだよねぇ。亀井くんはあまりにも危険だから、メディアに完全に無視されたしね。なんたって、メディアに対抗する記者クラブを敵に回したのだからね。こいつ、亜米利加に承認されて首相になったんだから、亜米利加(宗主国)のお墨付きだからね。辞めるつもりなんてあるわけがないだろうな。結果はどうあれ、自分が首相にとどまるのが菅氏にとって一番のマニフェストなのである。政治家なんてそんなもんだ。

まだ、この国は八百の神がいる国だから、欧米のように一元、あるいは二元の宗教政治ってことはないから、いくら、あの宗教団体が住民票の移動や、いろいろな手法を使っても、この国ではメジャーにはなることが無い。それだけが救いである。宗教が政治に絡むのはご法度なのである。しかし、それがなんとも大手を振っているのだ・・・・おかしいけどね。

あっ、神奈川、千葉法務大臣が落選!!馬鹿奈川なんていって、ごめんなさい。まともでした、神奈川県民!でも清和会二部のみんなの党が当選するんだよね。でもなんにも仕事をしない千葉元法務大臣よりはよっぽどいいかもしれないね。

まあ、今回は確信犯的な負けだろう。これで郵政法案は、間違いなく通らない。このために法案を先延ばしにしたのである。どうせ「ゆうちょ」の預金者はお年寄りが殆どである。致し方ないのだろうね。

でも、みんなの党って・・・・・・あれって嘘だからね

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2010年7月11日 (日)

なんつーか・・・・・・参議院選挙

最低の総理大臣の菅直人と幹事長だから負けたのは納得である。それにしてもである。秋田でなんと元プロ野球選手が当選だと?秋田県民はアホである。そうして島根。やはりこの県民はどうしようもない。青木の子供が当選したと。馬鹿奈川は相変わらずの県民性で、まったく無能な千葉法相がまた選ばれそうである。

まあ、今回は、自民党やみんなの党が頑張ったわけでなく、菅民主党の自滅である。そう、昔の社会党が躍進したマドンナ選挙と同じである。

それにしても、片山さつきっていう超馬鹿鬼婆がテレビに出るのは気分が悪い。比例という禁手で当選しやがって・・・・所詮、こいつは先の小泉旋風と、今回の菅の自滅の他力本願なのだ。

それにしても、今頃、たちあがれの爺さん達と、舛添さんは、歯軋りしているだろう(大笑)自民を出なければよかったと。あれほど菅さんが盆暗だとは誰も思わなかっただろうから致し方ないね。

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2010年7月 8日 (木)

消費税論議で見える嘘と景気回復策

鳩山くんが辞任して、その代わりになった菅さんが首相になって、すぐに消費税を持ち出したのはかなりびっくりしたのであるが、いくら菅さんやその閣僚が盆暗であろうが、消費税をアップする論議など始めたら、選挙では大負けするのは橋本首相の前例で判っているはずだし、ましてや消費税をアップすることで逆に消費が激減し、不景気ますます大きくなってしまうのも判っているはずである。もしもこれが判らないのであれば盆暗を通り越してアホでしかない。まあ、そんなことくらいは判っていると仮定しよう。まあ、今回の総理と閣僚は実務のことなどまるでわからない。だから官僚にその無知を突っ込まれて、言いなりになるしかなかったということである。だから自民党の先生方と同じことになるのである。菅政権がまるで自民党政権のときと同じなのはそのせいなのである。はっきいいって、選挙に殆どのエネルギーを使う政治家と、専門分野に特化している公務員とはそりゃ理解も実務能力もまったく違う次元なのである。ましてや理念などはじめから持っていない職業政治家など、官僚の敵ではない。そんな政治家を御するのはあまりにも簡単であろう。それが長い間、自民党政権が続いた理由である。官僚は実務能力があるから、全ては官僚がストーリーの組み立てから運営まで全てをやっている。それで表向きはなにも出来ない盆暗政治家を表に建たせて、裏で取り仕切っていたのである。裏と表の人間が完璧にマッチングしていたのだ。だから政権が長く続いたのである。しかし、どんなものでも長く続くと腐敗するし、既得権益化するのである。

検察の小沢くんへの攻撃なんて、あれははっきりいって、ただの私憤である。既得権益を守る=それを壊す小沢は悪だ。っていうことだ。それを続けているうちに、そのことが聖戦となってしまうってことだ。まるで東大安保と同じレヴェルである。あの安保闘争もはしかのようにいつのまにか消えてなくなった。まったく先のことなど考えてはいなかったってことだ。いつのまにか怒っている理由さへもわからなくて、自分の行動だけを正当化する。まあ、幼稚ってことだ。まあ、努力しないと出来ない才能なんて、それは才能が無いってことなんだが、秀才はそれを絶対に認めない。当たり前である。自我が崩壊するからである。

消費税が何故必要か?なんて、簡単なことである。別に必要ではないのだ。単に、官僚が毎日、通勤で馬鹿な若いガキとか頭の悪そうな奴らを見て、こんな何も考えていない、世の中に必要が無い人間共は、せいぜい出来ることは税金を納めることだ。しかし、この馬鹿共は頭が悪く正義感も無いから税金なんて払わない。だから消費税で税金を巻き上げてやるのだ!・・・・世の企業の99%、中小企業は税金対策でほとんど税金を納めていない!そんな輩から税金を徴収してないが悪い!年金を貰って、病院ばかり行って、いつまでも長生きしている老人達。そいつらから税金をすこしでも徴収するのが世の中の為である!一見、ごもっともなご意見であろう。所詮、小さな正義感の問題なのである。官僚といったって、所詮は公僕、自分で商売なんてやったことがない、ただの経済ヲタクである。だから官僚上がりですごい企業家っていないであろう。当たり前である。企業家は盆暗では出来ないからである。

よく、経済学の教授だとかの意見を参考にとかいってるだろう。あんなアホなことはないだろう。学校の先生なんて、商売やったことがないだろう?そんな馬鹿に意見を聞いてどうするんだ?すこしは物事を考えることができるのであれば判るはずであるが、皆、思考停止をしているから気がつかない。教授のブランドだけを見ているのである。内容はまったく気にしていないのだ。ましてや経団連など、大企業たって、二代目、三代目とかサラリーマン雇われ社長である。もう土台が出来上がった、それも大企業など、能力なくても運営できるのだ。そんな輩の意見を聞くほうが間違っている。大企業とはもう成長が止まり、あとは消えて無くなる組織でしかないのだ。そんな奴らの意見を聴くほうがどうかしてる、っていうよりも無能を通り越して危険ですらある。

こんなことだから不景気で税収も上がらないのである。

何故、不景気か?これは簡単なことである。タダ単に、お金が一部に滞っているからである。ましてや実態経済よりもお札を刷り過ぎたからである。お金が目的になったら、そりゃ商品は売れないわな・・・・・・簡単なことなのである。

実はいくら盆暗大学教授が考えても出来ない景気高揚は簡単にできるのだ。

不景気なほど、実はすごく儲かっている企業はあるものなのだ。だから、いまの消費税率のままで、接待交際費10%を経費として認めないという今のやり方をすべて止める。領収書はすべて経費と認めるようにする。それで原価償却ってなことも止めて、領収書で全て経費を認めるようにする。そうしたら自動車は売れるし、不動産だって馬鹿売れするだろう。法人税を払うなら、経費としてお金を使ったほうが得だからである。そりゃ景気も上向くだろう。それで消費税5%取るんだから税収も増える。それで景気が良くなったらば、毎年決算しているのを3年決算にする。そうしたら企業は思い切った設備投資ができるのだ。毎年黒字ではなく、3年で黒字でいいということになれば、長期的にビジネスを考えられるし、会計上も省エネである。ついでに地方自治体も予算の消化を毎年ではなく、3~5年に延長する。そうすれば投資額も大きくなり、開発の規模も大きくなる。

次に、消費税の減税である。5%→1%に減額する。そうすれば1%くらいはだれでも支払うだろう。それで消費も大きくなる。それで建ぺい率の大幅緩和に加え、市街化調整区域の緩和である。どんどん広い部屋のマンションを建て、とにかく家賃を下げ、土地代を下げるのだ。銀行が抵当で持っている不良債権の土地を放出させてどんどん安価なマンションを建てればみんなどんどん買うだろう。それと同時に行うのが新紙幣への移行である。とにかく滞っているお金を市中に吐き出さなくてはいけないのだ。

それから、土地であるが10坪未満は所有したらば超大幅な固定資産税を掛ける。(たとえば、資産価値や収入で10000%とか。それで成田や普天間、沖縄の土地問題は解決だ。名刺サイズの土地の権利でどれだけ無駄なお金が滞っているのか・・・)それ以上は逆累進課税にする。但し、コクドなど、脱税企業を締め上げるために、連結決算という制度は止める。税金対策に子会社制度は禁止とする。それでどれだけ税収アップするだろうか!!!

次に相続税。1500万以上は100%。とにかく、自分で稼げと。但し、旦那から嫁さんには無税。しかし子供には先の税率。政治家の世襲は100%認めない。先代の資産は全て没収。とにかくスタートラインは同じに平等。親とか先代の遺産を受け継ぐなど、一見良いように見えるが、実は受け継ぐ人の才能も潰してしまうのだ。とにかく、いつでもリセット。これがダイナミズムを生むのである。

権利と金を一度放出したら、景気など、すぐに回復する。経済学で経済は救えない。すごいパラドックスである。だから戦争するんだよ。本当に賢い奴らが戦争を仕掛ける。究極は戦争で蕩尽しなくては経済は循環しないのだけどね・・・・・・でもその前にやってみる価値はあるんだけど・・・・・でも絶対にやらないよ。戦争並みに暴動になるものね!(笑)

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2010年7月 5日 (月)

最近読んだ本 40

「反省」 鈴木宗男 佐藤優 共著 アスコム ¥1600-

これは最高に面白い。外務官僚の実名はもちろんのこと、なんと写真付きである。それで、どいつが無能だとか、すごい名指しで批判である。よく告発されないものである。驚愕の内容である。かといって、小難しい話ばかりではないし、対話形式なので簡単に読める。娯楽本としても一級品である。是非とも買って読んでほしい。超オススメ!!!特に田中真紀子の部分はもう笑うしかない。

「小沢革命政権で日本を救え」 副島隆彦 佐藤優 共著 日本文芸社 ¥1600-

鳩山政権が崩壊しての緊急出版とあるが、この両氏の対談は、実はもっと前から行われていて、それを緊急に出版したものである。まあ、いつもの副島節は健在で、いつも通りに楽しませてくれる。今回の菅直人一派+亜米利加+官僚+財界のクーデターは、薄々国民も判ってきているだろうが、多くの人はこんな本など読まないだろうし、それにこの本の内容を雑誌などでは絶対に取り上げないだろうから、あまり効果はないのだろう・・・・残念ではあるが・・・

「世界認識のための情報術」 佐藤優 著 金曜日 ¥1600-

左翼の雑誌といわれる「週間金曜日」の連載を一冊の本にまとめたものである。なんとも、佐藤優氏はいまが「旬」であろう。とにかくその知識がすごい。これは教科書になりうる内容である。本当は学校でもこのような良著を元に勉強をすると、すこしは世の中のことが見えるような人間が生まれていくのではないだろうか。昔の日本人はたくさんの本を読んでいた。今はあまり読まないからね・・・・・・毎日読むのは新聞、情報源はテレビ・・・・そりゃおしまいである・・・・・・この本は誰にでもオススメではない。でも佐藤優ファンならば必読であろう。

「陽子」荒木経惟(のぶよし)写真全集 平凡社 ¥2136-

天才写真家アラーキーの奥様を撮った写真集である。ブックオフで安価で見つけたので購入した。奥様との出会いから死別までを撮影したものである。すごい写真集である。人間万事塞翁が馬である。

「数字で読む日本」 川上和久著 扶桑社新書 ¥740-

経済や物事を数字で表した本である。世の中は著者の言うとおりに数字で表したほうが判りやすいし、また正直でもあるのだ。だからといって、著者には悪いが、このたぐいの本は全て読む必要はない。目次だけで十分である。しかし、目次だけでも買う価値は十分にある。でもあまり売れそうにない本である・・・・

「大予測 日本の3年後、5年後、10年後」 日本の未来研究会 講談社 ¥1600-

これも先の本と同じで、目次だけで十分である。興味がある部分だけ読めばよい。すべてがこの予測本のとおりになるわけが無い。その道の専門家が書いているってところが逆に良くない。この国の専門家ほどいいかげんな人たちもいないからである。だからこの本はブックオフで買うか(200円以下なら)立ち読みで目次だけ読めばよい。

なんか、この頃、佐藤優の著作が多い・・・・・まあ、「旬」だから・・・・・

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旬と運気

今回のワールドカップ日本代表で、「旬と運気」の移り変わりが如実に見えた。今まで代表の大黒柱だった中村俊介が先発から外され、途中出場でもまったく良いところが無かった。いままでワールドカップを目標にやってきた中村氏には気の毒であるが、もう既に旬が去ってしまったのである。また、スペインに行ったことで、今まで上向きだった運気が、がっくりと下がってしまっていたのである。これではいくら本人の気持ちがあろうと、頑張ろうとしてもダメなのである。以前にも同じことがあった。前回の大会の大黒柱の中田英寿氏である。ペルージャでは大活躍した彼も、その後移籍したローマでは出場機会も少なくなり、運気が徐々に悪くなっていった。それで今度はパルマに行って、すっかり運気を落としてしまった。彼は非常に賢いので、旬をよくわかっていたから、ドイツ大会で引退したのだが、辞め時を逃さないのは素晴らしい才覚である。そんな彼でも運気には勝てないのである。今回、フランスとイタリアが一次リーグで敗退したのは、もう旬が過ぎ去った選手ばかりだったからである。前回の大会で運を使い果たしてしまった旬が去った選手達では勝てるはずもなかろう。

まったくレヴェルが違うが、我々もこの「旬と運気」は当てはまる。一般的に人の「旬」は何回も云うが、26~33歳である。ここがピークなのだ。だから転職するにしても、この年齢、出来れば30歳前が一番良いのである。転職し、会社や業界に慣れるまで、また以前の会社の習慣や匂いを消すためには最低でも3年はかかるのだ。だから30歳前でなくてはいけないのである。(世の中、どんな人にもレッテルというのが付けられる。自分ではなく、他の人からの、自分に対する前の会社のイメージはなかなか抜けないのである。)

この年齢より超えて上手くいくことなど、万馬券に当たるよりも難しい。殆どの転職は、年齢が妙齢であっても80%以上の人は以前よりも悪くなるのが殆どだからである。ましてや、旬が過ぎ去った年齢では、天下り以外は上手くいくはずがないのである。

話はずれたが、それにしてもサッカー選手というのは旬が短いし、どこの移籍先に行くかで運気がかなり変わるから、ドラマを見るようである。

「旬と運気」は非常に大切である。

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