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2010年5月31日 (月)

近況

普天間問題で大騒ぎである。なんでこんなに騒いでいるのか?その理由は簡単だ。今まで、官僚が決めた普天間移設にたかだか代議士が異議を唱え、それでその問題をぶり返したからである。それを叩き潰して、本物の権力者は誰なんだ?という、官僚と代議士の戦いなのである。ただの権力闘争だ。亜米利加なんて、もはや没落するだけの属国になんて興味がないから、基地をグアムに移転するのはとっくに決定しているのだ。だから今回の騒ぎなんて茶番である。マスコミがこれだけ偏向報道するのだって、いまの利権を逃したくないからである。テレビ電波利権、広告会社の独占。変えてほしくないのだよ。だからこれだけ抵抗するのである。奴らは下々の人間なんて、下賤にしか思ってない。それは間違いない。官僚だった叔父、それに昔よく仕事をした、テレビ局の人間、とくにアナウンサーなど、人を人とは思ってないからね。今は没落したソニーの開発の人間なんて、「俺は神だ」みたいな態度だったからね。決してお前らが偉いのではなくて、会社がたまたま運よく、あるいは、たまたま日本国がうまくいっただけのことで。そこに運よく入り込めたってなことだけなんだがね。いくら頭がいいっていったって、たかだかIQ120~130程度なのである。たいしたことないのだよ。まあ、普通は100くらいだから多少は頭の回転は速いのかもしれないが。まあ、ただの権力闘争ということである。しかし、ここで騒いでいるのは新聞やテレビだけで、大規模なデモには発展しない。それは世の中が豊かで、一般国民も自分のことだけが大切な官僚そのものになってしまっているからである。他人の不幸は蜜の味。それが現在の日本国なのである。もっと没落して貧乏にならないと覚醒しないであろう。

今の不景気だって、何故かっていえば簡単である。戦争が無いからである。今から80年前、世界情勢は今現在と非常に酷似していたのだよ。いや、もっと酷かった。それでアングロの奴らが仕掛けたことは戦争だ。フランクリン・デラノ・ルーズベルトの有名なニューディール政策だって、第二次世界大戦があったから、あたかも成功したように歴史には記載されている。事実は違うのである。たかだか学者の考えなんて、経済などコントロールは最終的にはできないのである。そこで蕩尽、破壊をして、一度、破算して組みなおすのである。破壊しないと需要は生まれないからである。欧州はもう戦争したくないから、代理戦争で裏で儲けている。その真似事をしているのがわが国なのだ。第二次世界大戦の後、西側のアングロ同士が殺しあったことがあるか?アングロ同士で小競り合いは東欧くらいであろう。あとは有色人種だけである。中国に覇権が移る?アングロが簡単にそんなことを許すはずがないであろう。あいつらにとってアジア人などサルなのだ。中国の経済だって、亜米利加(英吉利)がすこし蛇口を閉めればおしまいなのだ。ロシアが東側っていったって、最終的にはアングロはつるむのだ。だから、ソ連と亜米利加(英吉利)は戦争しなかったではないか。するわけがないのである。不景気だからって、簡単に戦争を引き起こすことは今のインターネット時代には難しい。もっと巧妙に仕込む必要がある。中東なんて緒戦、砂漠だけである。破壊しても需要はない。あれは単に将来のエネルギーを押さえたのと、過剰在庫である兵器の蕩尽である。ただそれだけである。アラブ人の生命なんてアングロはどうでもいいのである。今回の韓国の船を北朝鮮が攻撃したっていう作り話があるだろう。だいたい、どうやっってこじつけても、北朝鮮に攻撃する理由なんてないだろう。日本ではなく(属国は命令だけでいいから気にもしてないだろう)中国へのけん制であろう。韓国など、所詮は属国だ。どこも戦争などできないのだ。亜米利加(英吉利)の思う壺だ。それを皆知っている。

今のユーロ安だって、確実にアングロが儲けている。いかに奴らはモンゴロイドに損を押付けるか。それだけでしかないのである。黒人は員数には入っていないのだ。(3000年前は黒人の覇権であったが、それは前の文明であるから、現代には該当しない)富を一時、預けておいて、それで後になって回収する。日本もODAでうまいことやろうとしたけど、武力が無いから踏み倒される・・・・・裏で手を引いてるのはアングロ(亜米利加+英吉利)だ。かといって、原爆も作れないし、攻撃的な武力も持てない(亜米利加が絶対に内政干渉する)それをよく理解していた通産省や大蔵省は影でいろいろ頑張ったのだが、それでも潰されたのだ。それで諦めて、できるだけうまいことやって生き延びようってのが、今の官僚とマスコミなのだ。もう、ここまで豊かで平和になったらば、誰もが戦争などできやしない。安い、石油というエネルギーが手に入る間は変わらない。

まあ、幸か不幸か、我々の人生は歴史からみると非常に短い。兎にも角にも、今を生きるのが最良の所作であろう。

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2010年5月29日 (土)

最近読んだ本 37

岡野雅行 人のやらないことをやれ! 岡野雅行著 ぱる出版 ¥1500-ブックオフで¥200-

日本が誇る、世界一のプレス職人、岡野さんの本である。たくさんの人生を生きてきて、70歳を過ぎても現役というのは驚異である。そんな人の著作である。多くの示唆にとんでいる(まあ、文章は間違いなくゴーストライターの手によるものだ)「やはり商売は営業」というのは、この技術者がいうのだから間違いない。そうなのだ。いくら技術が良くても商売など成り立たない。ようは人間関係なのだ。p140の「盆と暮れ」の贈答だって伊達にあるわけじゃない という項があるが、まさにその通りなのである。だいたい商売がへたくそな経営者はこの習慣を大切にしない。だから長続きしないのである。また、最近の離婚が多いこtおに関して、こうも述べている。「結婚だって、最初に結婚した相手がいいんだ。つまり、離婚して2度目の結婚をすれば、自然と男も女も前の相手と次の相手を比較するわけだろう?比べるものがなければ人間はがまんできる」p110 そうなのである。養老孟司先生もなにかの著作で同じことをいっていた。今は昔の人に教えを請うことができなくなった。だからこういう知恵のたくさん詰まった本を読んで、すこしは賢くなるべきなのである。この本は誰にでも超オススメ!!!である。

ラストファミリー 田岡由伎・宮崎学 共著 角川書店 ¥1200-

あの狐目の宮崎氏と、山口組三代目、田岡組長の娘の対談である。こんな良著が売れないなんて、角川書店は宣伝がなっていないのではないだろうか?共に任侠の家に生まれ育ち、家庭を持ち、離婚も経験、また大病を患い、、、、それで家族とは?人生とは?を非常に真摯に表現している。これは、これから親になる人、家族がいる人には間違いなくオススメである。対談形式なのですぐにでも簡単に読むことができる。¥1200-はあまりにも安い。是非とも買って読んでほしい。子どもがいじめにあった場合の対策も書いてある。

そのお店、いまなら再生できます 中島武 著 柴田書店 ¥1500-

紅虎餃子房とか、変わった名前の飲食店でとても有名な経営者の著者であるが、これは経営者向けというよりも、インテリアデザイナーは必読の書である。逆に、この本を熟読しないとこれからはダメである。いかに今のインテリアデザインが時代遅れなのかがよく判る。生き残りたいのなら是非読むべきであろう。

「都市主義」の限界 養老孟司 著 中央公論社 ¥1700-

これはvoiceという雑誌への連載を本にまとめたものである。さすが養老先生である。内容は素晴らしい。この人はリベラルである。だから思想的な色が無い。素直に読んで大丈夫である。ただ難点は、理屈っぽくなってしまうことか(笑)本のタイトルが難しそうであるが、内容はいたって読みやすい。この本を読むことにより、政治とか経済を超えて、もっと大きな枠組みで世の中のことを理解できるであろう。超オススメなのは間違いない。

女はなぜ突然怒り出すのか? 姫野友美 著 角川新書 ¥724-

この著者は現役の医学博士で、心療内科医である。そんな著者が、医学的なことを非常にわかりやすく、男と女の違いを描いている。非常に面白い。ロングセラーで10万部も売れたのも当たり前であろう。男は吐き出す性、女は溜め込む性、これは名言であろう。核心を突いている。結婚前の男女には特にオススメであろう!!

今回は全ての本が大当たりであった。どれもが超オススメ!!!

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2010年5月27日 (木)

芸の無い者は転職してはならない。

今日、友人とスカイプでチャットしてたら、表題の言葉である。さすがである。そうなのだ。芸が無ければ生きてはいけないのである。なにか売りがないと生きられないのである。会社に勤めていると、いや、大会社に勤めているほど勘違いをしてしまうのである。はっきりいって、個人で喰っていける実力など、誰もが持っていないのである。独立したって、所詮は下請けなのである。それならば才能ではない。たまたま、上手くいったのは、ただのタイミングでしかないのだ。それを皆、勘違いするのである。だいたいが、7人に一人は社長なんだよ。それぐらい多いんだ。だから独立なんて別にすごくもない。殆どが下請け。それならば会社勤めのほうがよほど良い。会社に勤まらないから独立するしかないのである。独立する99%くらいの人には実力も才能もない。タイミングと運だけ持ってる人が生き残れる。そんな些細な違いなのだ。ましてや、資本金を食いつぶすだけならば、そもそもその仕事が向いてないのである。これをぼんくらというのだが、そういう人は人を雇ってはいけない。それは社会悪なのだ。びっくりするのが、大層な学歴を持っているのに独立するぼんくら。これはあまりにも頭が良くない。学歴は会社勤めするのに必要なものなのだ。独立すると、逆にそれが足枷になるんだよ。だから東大出の人で大社長っていないだろう。自分で一から興した会社で大会社なんて、リクルートくらいでしょ。

ここ最近、これだけ不景気なのに転職や退職をする輩がいる。不景気は商売のチャンス!!といって独立とか転職をするならいい。でもその輩は違うのである。仕事が面白くないとか、人間関係が・・とか。くだらない理由である。だいたいが、お金を頂戴するプロの世界で、仕事が面白くないとはどういうことか?一生アマチュアであるべきである。そんな感情を持つ輩は、お金を頂戴してはいけないのである。人間関係?プロならそんなものは気にならない。当たりまえである。プロでお金を頂戴しているから、そんな人間関係など笑止千万なのである。自分では上手くいかないからプロにお金を払って仕事をしてもらうのである。それがプロの存在理由なのだ。だから、大変とか人間関係とか面白いとか面白くないとか・・・・・それがいやなら職業についてはいけないのだ。その輩はすぐに他人のせいにする。社会が悪いとか政治が悪いとか会社が悪いとか。でも一番悪いのはお前の頭なのである。

でも、運が悪いって奴は、結局、自分で悪い方向に向かうものである。ネガティブな心なので、マイナスに好かれるのだ。30歳を過ぎてもそんなネガティブであれば、もう、処方箋は存在しない。勘違いだけは止めるべきなのだが、そういう輩に限って、自分の評価を間違うのである。「敵を知り、己を知れば百戦あやうしからず」という有名な言葉があるが、先の輩は敵ばかり気になって、己をまったく理解していない。そりゃ失敗するだろう。

一番やっかいなのが、一時期、ちょっと儲かったりした輩である。そういう輩はそれが成功体験となって、あのときは上手くいったのだから、また同じことがあるだろう。と勘違いしてしうまうことである。大体が、普通の会社で10年~15年で倒産するのはそういうことなのだ。過去の成功(それは勘違い。実力ではないのだ。単についていただけ)を、また繰り返すだろうという幻想で借金を抱え、それで二度とそれにめぐり合えずに倒産するのだ。殆どがそんな程度である。20年後まで残る会社なんて、それこそ100kmの風に打たれながら針の穴に糸を通すよりも難しいのである。だから倒産すると負債総額がすごい跳ね上がる。あれは無理を重ねた証拠なのだ。

名言である。

芸の無い者は転職してはならない。 それに付け加える。ましてや独立など夢にも思うな。

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2010年5月26日 (水)

副島くん、またまた大予言!!!

我らが副島くん。またまたやってくれました!!!なんとびっくりの予言です!!!

以下、転載。

岩上安身氏による副島隆彦氏に対するインタビューが熱い!!

100502副島隆彦12
http://www.youtube.com/watch?v=v1g3jEOQcW8

岩上安身氏によるインタビューで、評論家の副島隆彦氏から衝撃の

近未来予測が飛び出した。(上記ビデオの5:50秒頃から)

新聞全紙が軒並み赤字で、史上初の出来事という。

これを踏まえて、副島隆彦氏が大胆に予測する。

読売新聞と朝日新聞の合併。これに日本経済新聞が加わる可能性もある。

通信社で残るのは、時事通信と共同。

産経新聞は潰れる。

毎日新聞と日本経済新聞の合併。

テレビは、NHKともう1つあればいい。

講談社と小学館の合併。これは国内民族資本を守るため。

これより下は、筆者の感想。

読売と朝日の合併→対米隷属姿勢で論調が合うから、ないわけではない。
         アメリカの介入が増すのか減るのか興味がある。

産経新聞→このご時勢で200億も借金していたとしたら、無理もない。

毎日新聞と日本経済新聞の合併→両方ともなくていい。
     特に日経は、郵政のカラクリを知っていたのに国民に知らせず、
     国を裏切った罪は大きい。

NHK→偏向報道しかしないので、民営化して受信料徴収を廃止してもらいたい。

講談社と小学館の合併→外資支配から逃れて、日本のために頑張ってほしい。

新聞不買運動は、偏向報道をしたツケだから自業自得。

嘘をついて、国民を裏切った罪は重い。

副島氏の近未来予測が当たるかどうか、数年で判明するかもしれない。

楽しみだ。

以上は、阿修羅っていう掲示板から転載させてもらったものだ。

朝日と読売が、合併なんてしたら、そらもう・・・・共産と資本主義の融合である!ありえないだろう???百歩譲って、それは新しいのか???・・・ありえない・・・・・・・・・

いやー、それにしても楽しいし、面白い!!。会社や仕事なんかで、悩んでたらいけない。それ以上にすごいことが進行している。歴史は本当に繰り返すのだ!!!
 

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2010年5月25日 (火)

レストランブルドッグに完敗

いつも楽しんで読んでいるブログ、「一期一会・テラめし倶楽部」http://www.geocities.jp/zzr_1100c22004/contents_terameshi_club_115.htmlに出てた「レストランブルドック」に、かねてから行ってみたいと思っていたのだが、雨降る日曜日にとうとう行ってきた!!!自分はこのテラめし倶楽部のようにたくさん食べることは出来ない。ましてや老化でめっきり食が細くなってきている。だから大盛りではなく、普通盛のオムライスを発注してしばし待つ。

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テラめし倶楽部やいろんな方面から紹介されているだけあって、汚い昭和レトロのような店であるが、非常に繁盛している。狭いキッチンではシェフが華麗な手さばきdえ、どんどん料理を作り上げている。それで後から入ってきた中年のおっさん(自分も中年のおっさんだ)がナポリタンを発注。それでナポリタンのほうがオムライスより早くできた。その盛っぷりに圧倒・・・・・・・それって大盛りではないよね・・・・・いけねえ・・やっちまったか・・・・

オムライスは人気らしく、頼む人が多いので、なかなか自分の分が出来てこない。それでしばらくして、とうとうオムライス登場!!!

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ケチャップはシェフがそのときの気分でいろいろ描いているようだ。それにしてもすごい量である・・・・完璧にやっちまった・・・・・・もう戦意喪失である。

それでもこのオムライスに戦いを挑む。黙々と食べていく。中のチキンライスには鶏肉が入ってあり、それが大きくて、非常に堪える・・・・・また味もデミグラスソースのせいかちょっと苦く、自分には苦手な味だ・・・・・それでも頑張って食べ進む・・・・だんだん汗をかいてきた・・・・つ、つらい・・・・・・半分を残したところでもうギブアップ寸前である。なんか以前に玉砕した、メジャーカレーの時よりもぜんぜん食べれない・・・・・・

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残り1/3のところであえなくダウン、完敗である・・・・・店員さんに、ごめんなさいと小声で謝って、そそくさを店から逃げた・・・・・

恐るべし、恐るべし、レストランブルドックである。

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不惑

昔からの諺に、四十にして惑わず。不惑という言葉がある。20代では考えるな。30代では少しだけ考える。そうしたら40代ではなにも考えなくても惑わない。ということである。若い時分から、ずっとこの言葉をいつも念頭においてきた。幸、不幸というのは主観的で、人それぞれに違うものであるからして、断定は出来ないものである。財なり功なりを上げた人が逆に不幸というパラドックスに陥るのはよくあることである。財や功は幸せとは実はあまり関係ないのである。

いままでたくさんの時間を費やして生き永らえてきたが、だいたい、30代がその人がどうなるかの分岐点である。周りの人にも30代が多いが、その人を観察すると、これからどうなるかはだいたい判る。また40代以降の人が、30代にどのようなことをしてきたのかもだいたい判断できるのだ。40代になって惑う人は30代で、何も考えないで過ごしたか、あるいは、考えすぎたかのどちらかである。また、20代で考えてしまい、30代を考えないで過ごしてしまったかなのだ。20代は助走期間なのである。いまは高学歴になり、この期間が余りにも短い。それはすごいハンディなのだ。それをよく判ってる企業というのは、出来るだけ、新卒を採用する。それは当たり前なのだ。だから博士号を取ったような優秀な人はその助走期間が無いので、仕事にありつけないのである。

40代になってリカバリーするのは不可能である。ましてや50代になるとその差は歴然となる。30代の小さな差が後々、圧倒的な差となって現れる。50代になると、その差が顔に表れる。それは隠しようが無い。人々は優しい面もあるが冷たいところもある。幸せな人には手を差し伸べるが、不幸な人には誰も手を差し伸べないのである。世の中、所謂世間は不公平なのだ。

この前、会合の案内を出したとき、30代の人たちの一部は、面白いほど同じ反応を示した。笑っちゃうほど同じなのだ。なにも考えていない人達、考えすぎの人達である。その同じ反応というのは、こちらの案内に対して、まったくのリアクションもないというか無反応なのである。それで何らかの機会でお会いしたときに、実は・・・とか言うのである。本当に笑えるくらいに同じなのだ。幸せなど自分の力だけではどうしようもない。それは他の人が運んでくれるものなのだ。それを「運」と呼ぶのである。幸せになる人というのは、そこにすごい反応をするものである。そういう人を称して「運が良い人」と呼ぶのである。これは美醜の問題ではない。若いうちは外観が美しいと得である。しかし誰でも歳を重ねると醜くはなっていく。どんなに取り繕うとしても不幸せは顔に出てしまうのだ。

そのようなタイプの人達と仕事をするとまた、これも同じなのだ。まあ、誰でも仕事は一生懸命にやるだろう。でも結果が恐ろしく違う。仕事というのは人と人のゲームみたいなもので、結局は技量や能力ではなく、人と人のコミュニケーションなのである。それが上手く出来ない人は能力がいくらあっても仕事は下手なのである。恋愛も全て同じである。そこを30代は少しだけ考えて修正する大切な期間なのだ。男は社会的な生き物なので、多少はごまかせる。だから逆に40代を過ぎると、その差が女よりも如実に現れる。それを助言できるのは30代の前半まで、である。後半になると無理である。もう修正できる時間が少ないからである。また、そのくらいの年齢だと、もう籐が立ってしまっていて、人の助言など聞き入れる寛容さが無くなってしまっている。ましてや人は他人の力ではどうやっても変わることはないし、変えることは出来ないのである。自分を変えるのは自分でしか出来ないことなのだ。

そんなことを考えながらコンビニに入ったら、もう不幸オーラ全開のおばさんがいた・・・・怖いのでそそくさと逃げた・・・・・・

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2010年5月23日 (日)

すごい真実 政治やメデイアの陰謀告発ブログ

いやー、すごいブログを発見した。この告発ははっきりいって超弩A級である。

政治やメディアの陰謀告発ブログ http://ofureko.exblog.jp/

著者の告発は2008年の12月で更新がストップしている。電車での痴漢冤罪で監禁されているか、あるいは駅のホームで後ろから何者かに押されたか・・・・・・内容があまりにも核心を突いているので、当局に消されたのは間違いないだろう・・・・

今は2010年。70年前、1940年は戦争前夜であった。歴史は70年で繰り返す。戦争というのは、実は戦争前が一番激しい戦闘状態なのである。

70年前、メディアは戦争一色、それを推し進めた。今、メディアはある人物のみを悪人に仕立てている。まったく同じことをやっている。

違いが判る男、落合信彦(笑)のように、「駅のホームでは、一番前には立たない」をしないとブログでも発言できないような情報統制の戦争状態なのである。

こう考えると、オウムの例のサリン事件だって、仕組まれた罠ではなかったのか?とかんぐりたくもなる。麻原なんてぼんくらが賢い訳あるはずもないし、信者も馬鹿だらけだ。昔の東大抗争だって、天下の東大生が謀反を起こしたくらいである。

テレビを見てはいけない。新聞を読んではいけない。雑誌も買ってはいけない。

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2010年5月21日 (金)

アラフォーの蹉跌

アラウンドフォーティー、略してアラフォー。所謂、30代後半から40代前半の年齢の人をそう呼んでいるらしい。その人たちが今、とても悩んでいるらしい。バブル景気は終わったが、まだその残り香が世の中に残っていたときにちょうど就職時期を迎えた年代なのである。だから、その後のアラウンドサーティーみたく酷い就職氷河期ではないので、運が良かった世代でもあった。まだまだ売り手市場の就職であったのだ。その上の世代は完全なバブル就職世代で、ちやほやされて育てられたぼんくら世代である。その後、バブルは完全に崩壊し、失われた10年で仕事は激変。だから仕事量も少ないし、それで景気が悪いから下の人間も入ってこないので、甘やかされて育てられた世代でもあるのだ。がんがん行け行けのバブルが男の時代であったのに対し、その失われた10年は女の時代に変わった。元気が無い男を尻目に、女性はひたすらキャリアアップを目指した。それでその世代もとうとう中年期を迎えた。それが2010年現在である。

ある程度のポジションを得、それでこれから円熟期を迎えようとしているそのとき、予期せぬことが起こったのだ。産業構造の大変革である。度重なる円高で、国内の工場は海外に移転し、空洞化。それに輪をかけ、土建国家の日本にはもう建物や道や橋は飽和してしまった。それをいままでなんとかしのいできたのであるが、もう企業は限界を迎えた。人件費を抑えるために新入社員は極端に少ない。しかし自分より年上は溢れている。あがらない給与・・・・増えるサービス残業とくだらない会議・・・・でも家族と家のローンのためにどんなに苦しくても会社を辞めるわけにはいかない・・・・でもいくら頑張ったところで会社はまったく儲からない・・・・独立しようといったところで、大会社であればあるほど、仕事は細分化されていて、すべて能力は中途半端。その証拠に、自分の会社から独立した人で成功した人がほとんどいない・・・・いったいどうしたらいいんだ・・・・・こんな現実・・・・

まあ、殆ど、挫折らしい経験をしたことがないだろうから、今の状況はかなりきついはずである。過去にも繊維や造船、鉄鋼など産業構造の変化はあったのだが、まだそのときは日本は高度経済成長期だったので、社会は、その仕事にあぶれた人間を吸収する力があったのだ。しかし、これからはダウンサイジングの時代である。日本はこれから縮小に向かうのだ。そのあぶれた人間を吸収するところは無いのである。

でも致し方ないのである。毎日、新聞読んでお金払って洗脳されて、おまけにテレビで完全にインテリジェンス能力を奪われているのだから。

この苦しんでいるアラフォー世代への処方箋

40歳過ぎ男性 子供、奥様 にマンション、あるいは家購入で30年ローンの場合。

1、先ず、家を売る。あるいは賃貸にして貸し出す。ローンが最大の元凶である。

2、それでできるだけ安くて通勤時間が短いところへ引っ越す。体力を温存する。

3、家が売れたなら、200万くらいで、地方の家を買って別荘にする。

4、新聞の購読をただちに停止し、テレビも極力見ないようにする。

5、ブックオフで金儲けに関する本を105円で100冊買ってきて、1年間ですべて読破。

6、毎日、昼食はそばを食べる。

7、1年後、3年後、5年後、10年後、自分がどうしたいか目標を手帳に書き、毎日眺める

8、毎朝、仕事をする前に今日のやらなくてはいけない仕事を書き出す。

これで変わらなかったら、才能がまるっきり無いってことであきらめることである。とくにテレビをやめると効果が大きい。そばで健康にもなる。

40歳近辺 女性の場合。

1、頑張るのをやめる。今後、決して無理をしない。

2、今後のため、保険として、適当な、自分のいうことを聞きそうな男と強引にでも結婚する。ださくてまじめで面白くないぼんくらが一番、望ましい。日常は冷たくあしらい、ベッドではやさしく接してあげる。それだけでぼんくら男はずーっと、あなたの奴隷だ。

3、新聞を止める。テレビは極力見ないようにする。洗脳から逃れるのだ。

4、自分で本は読まなくてよいが、ぼんくら亭主には本を読ませて、便利帳として活用し、それでぼんくら亭主もすこしは使い物になるよう調教する。

5、理想をきっぱり捨てる。ぼんくら亭主は愛さなくてよい。愛されるように仕向ける。それはいままでの経験で得意なはずである。ただ単に同じことをするだけである。簡単だ。

6、子供は無理に生まない。どうせ将来、子供も、自分もしないように親の面倒など見ないのだ。わざわざ苦労する必要はない。周りには誰かの子供がいるから、それをかわいがって満足するだけでよい。なんならペットでも飼えばよい。それで母性本能は満足できる。

これだけで人生、大きく変わるだろう。それでも仕事が一番というのならば無理にお勧めはしない。蹉跌を十分に堪能しなさい。

40歳近辺独身男性。

1、今のままで十分幸せであろう。だから蹉跌を味わうことは今後もないだろう。

2、とにかく所有しない。彼女も作らない。家なんて絶対に買ってはいけない。買うなら地方の一軒屋を別荘にする。

3、お金を稼げないフリーターならば、彼女はあきらめる。

女がいなくて寂しいくらいしか問題がない。

今の、というよりも、これからの時代はいかに所有しないかが鍵となる。ダウンサイジングの時代に生きるコツなのである。

とにかく無理せず楽しく生きる。それに尽きるのである。

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ゴーストライター

今日、ヤフーのニュースに「約9割のビジネス書はゴーストライターが書いている」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100521-00000044-zdn_mkt-bus_allというニュース記事が載ったのだが、これは本当である。ちょっと考えればわかることであるが、企業経営者がいくらたくさんの本を読んでいようとも、それで文章など作ることはできない。誰だって、100文字くらいの文章くらいでも、えらい苦労するだろう。1冊の本ともなれば、その文字の数たるや膨大である。それを誰にでもわかるような文章にするなど、よほど才能が無いとできないのである。だからどうしてもゴーストライターが必要なのだ。

以前、よく雑誌に出ている、最近まで飛ぶ鳥を落とす勢いだった某氏と仕事をしたとき、S社の連載で対談をした現場に居合わせたのだが、そこにはちゃんとライターが来ていて、その30分くらいの雑談を雑誌の中では見事な対談に変えていた。お見事な仕事っぷりなのである。結局、有名人なんて雑誌社にしたら、ただのタレントである。(だから浮き沈みも激しいのだが・・・)そんなに頭が良いやつなんて世の中そんなにいてたまるものか。

まあ、ある程度自分で文章を書いたとしても所詮、素人の文章なのである。必ず雑誌社がそのひどい文章を作り直すのであるから、まあ、どっちも似たようなものかもしれない。

そんな影の才能溢れる人たちの頑張りで、我々が本を読めるということなのだ。感謝しようではないか!!!

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2010年5月20日 (木)

浮気の方法

友人にへたくそな浮気をしているぼんくらがいるので、ここに上手い浮気の仕方を書いておく。

1、先ず、浮気というのは、どう隠したって、確実に女にはばれるものなのである。

2、浮気はたまに会う相手だから心地よいのである。また、秘密だから楽しいのである。

3、どうしたって男は女を求めて彷徨う生き物である。だから、殆どの男は浮気願望がある。

それを踏まえて、上手い?浮気の方法である。

1、周囲に浮気相手を絶対に紹介してはいけない。女は図太い生き物なのである。紹介されたって、女は堂々としているものなのだ。それに対して男は弱く、社会的な生き物なのである。浮気相手なんて基本的に長くても1~2年で自動的に別れるものなのだ。だから周囲には悟られずに本人同士でつかの間の幸せを堪能すべきなのである。また別れたときに周囲の眼が無いので社会に抗う必要もなくなる。きれいに別れることが可能なのだ。別れはいかにきれいに行うか。それが肝要なのである。そんな浮気する女はまた別の男と浮気を繰り返すものなのだ。その女のためにも、秘密にしてやるのが礼儀というものなのである。

2、お金という免罪符を毎回会う度に渡しておく。浮気で一番困難なのが別れ際である。いくら食事代やホテル代を男が使おうが、それはお金を渡したことにはならないのである。だから別れ際に今までの行為をただで行った逆襲に遇うのである。だから浮気相手には、毎回、お小遣いとか、タクシー代とかいって、現金を渡すのが肝要なのである。現金ではいと意味がない。これは大きな免罪符となるのだ。逆襲には遇わないのである。世の中所詮はお金なのである。別れる際、女が怒るは、今まで男にしてあげた行為に対する報酬を求めるということなのである。それを分割ですこしづつ払っておくのだ。自分を守るコツである。ただより高いものは無いのである。

3、他の女とやりたくなったら、迷わず風俗へ行く。風俗など安いものである。だいたい2~3万程度である。5万も出せばとびきりいい女とできる。5万で年間10回でたかだか50万である。いい女を落とそうとしたらば50万ぐらいでは落とせない。100万以上は当たり前で、またそれを維持するために巨額のコストが必要なのである。風俗など安い金額でとてもよくしてくれ、気を使う必要もないのである。とうぜん後腐れが無い。病気という心配もあるが、それが怖くて女など抱けないし、高い風俗ならばそこも安心なのだ。安心はお金で買えるのだ。

4、間違っても浮気相手を愛してるという幻想は抱かない。浮気相手というのは、なんだかんだ言っても、所詮、セックスだけの関係なのである。錯覚で好きと思ったりしてしまうが、それは間違いなく錯覚なのだ。浮気相手と再婚してしまう愚を犯してはならない。巷にもたまにこの愚を犯してしまう輩がいるが、いっこうに幸せになったのがいない。それで養育費やら慰謝料やらで元気を無くしていくのである。それで子どもにも会えなくなる。浮気相手の女とは、いままでその男に尽くしてあげたので、それを回収したいがために男に離婚を迫るのだ。それは実は愛情などではないのだ。浮気している男女はその浮気という行為が共通なので、同じ離婚という目的に走りやすい。それで離婚して再婚すると、前の生活よりも惨めなことがようやくわかるのである。しかしもう元には戻らない。結婚するくらいの相手というのは浮気相手よりもとうぜんいい女であるし(容姿とかではなく)自分にも合っているから結婚までした仲なのである。浮気相手が自分の女房よりも自分に合う確率など、それは宝くじに当たるよりも難しい。浮気など、相手の体と自分のその秘密の行為を愛しているだけなのだ。

5、その女と寝たら、もう「好きだ」とか「愛してる」などの言葉を絶対に発してはいけない。浮気相手には心のメンテナンスをしてはいけないのである。自分の言葉に酔って勘違いしてしまうし、女もそれで勘違いして泥沼に嵌るのだ。浮気が成立した瞬間に、どうやってきれいに別れようか?そう考えるのが上手い男の生き方なのである。楽しい思いをしたならば、その代償はかならず支払わないといけないのである。それを自分の人生で償うというのはかっこ悪い生き方である。

6、浮気は男の甲斐性とはいうが、それは単にそれだけのお金を稼げるってことなのだ。お金を稼ぐ甲斐性がないならば、迷わず風俗で心を満たしておくべきなのだ。間違っても自分の実力を勘違いしてはいけない。女は男よりも強く、したたかな生き物なのだ。どうやっても男は女にはかなわない。男はそれほど生命力は強くないのだ。

7、歳をとったら浮気なんてしないことだ。確実に寿命が縮む。まあ、自分がいつも浮気してしまうようなタイプならば結婚などしないことである。それならば浮気にならないからである。

まあ、世の中、男と女しかいないので、いろいろあるのが人生である。失敗もあるから楽しいのである。

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結婚と離婚と再婚と

結婚は分析力の欠如である。

離婚は忍耐力の欠如である。

再婚は記憶力の欠如である。

結婚というものは、だいたいが勘違いしているときに行ってしまうものである。失敗した結婚は自分と相手の分析に失敗の産物なのである。生まれも育ちも違う他人が共に暮していくのである。それが上手くいくことなど、基本的に難しいのである。他人への要求がありすぎると結婚生活は上手くはいかないのである。もしも結婚するならば、自分の主権を犯されないような、微妙な距離を保てるパートナー選びが肝要である。いくら仲が良くても所詮は他人なのである。相手になにも求めないほうが上手くいく。

男は女の金銭感覚、趣味思考、賢さ。その三点を十分に吟味する必要がある。特に金銭感覚が違うとそれは生活していくとどうしても大きな軋轢に発展するからである。趣味思考は、女は柔軟なので男の趣味思考にいくらでも合わせることが可能であるが、男はそれほど柔軟ではない。女の趣味思考に合わせられるほど男というのは賢くは出来ていないのである。賢い女は得をする。男など基本的には母親の作り上げたものである。だからその母親の考えがベースになっているのである。男はだいたいがバカなのであるが、そこを上手く持ち上げて、いくらバカであろうとも、本人の前や子どもの前で、決して男をバカにしない姿勢が大切である。そんな賢さを持っているかどうかは重要なのである。

女は男が十分に金を家に持ち帰ってくれるか?あと暴力的でないか?その二点だけ吟味すればよい。不細工でも、いくら頭が悪くても、金さへ家に入れればそれは十分に良い男なのである。2年も経てば、愛情なんてなくなるし、男など、わがままばかりでうざい存在になるものだ。それでいて他人のくせにえらい手間隙がかかるのだ。それが男というものなのである。だから男などペットを扱うように、適当にあしらい、金を家にきちんと持ち帰るように調教するのがベストなのである。たまに褒めてやり、いい子いい子と撫でてやれば、体の浮気はしても心の浮気はなかなかしないものである。男など、放っておいたら、女を求めて彷徨うものなのである。だから毎日の調教をして、適当にメンテナンスをしてやればいいのである。それでも浮気を繰り返し、家に金を入れなくなったときには慰謝料を十分にふんだくって、放り出せばいいのである。男に夢など語らせてはいけない。夢のある男など、実は自分のことしか考えていないのである。良い男というのは黙々と単に金を運んでくる。それが実は良い男なのだ。男は基本的には女に比べ頭が悪いが、それでも、できるだけバカを選んだほうが良い。バカは扱いやすいからである。

離婚というのも勘違いと忍耐力不足が原因である。その勘違いとは、もっと良い自分に合った人がいるはずだ!という幻想をいだいてしまうことである。はっきりいって他人で自分に合う人間などこの世には存在しないのである。それを求めて離婚再婚を繰り返す輩がいるが、はっきりいって上手くいかない。離婚して得をするのは女のほうである。女は柔軟なので、わらしべ長者のように次の男の良さも吸収していく生き物なのだ。男はバカなのでそんな能力がない。自由は得るのだが、金を失い、生活基盤も失ってしまう。男は失うものが実は多いのである。結婚生活など忍耐力が全てである。この忍耐力を保つには、友人関係、親戚関係との交流が欠かせない。男などは特にそうだが、人間とは社会的な生き物なのである。必ず他人の眼を気にする生き物なのだ。だから周囲の眼というのは離婚の非常に大きな抑止力となるのである。離婚が結婚に比べ、非常に大変だというのは実はこの抑止力に抗うことなのである。それはものすごい力を必要とするのだ。特に男は社会的な生き物なので、その攻防だけで殆どの力を使ってしまう。それで離婚して弱くなってしまうのである。女はそこでも柔軟で逆にそれで強くなっていく、強い生き物なのである。

人間というものは過去の嫌な思い出というのは忘れる生き物なのである。自由がほしくて離婚したにもかかわらず、また再婚してしまう。それでまた忍耐生活に逆戻りなのである。再婚すると今度は上手くやろうと頑張ってしまう。それが落とし穴なのだ。前の結婚生活よりもどうしても無理をするので、そのストレスは実は大きく男を襲うのだ。ここでも女は柔軟だから、次の男でも十分に上手くやっていける。男はここで、自分の母親と前の女房と今の女房を比べてしまうという愚を犯すのである。ここで諦めるか、あるいはまた勘違いして自分にもっと合う女性がいるだろう?と再出発という愚を犯すか。何回相手を変えても結局は同じことの繰り返しなのである。そこで自分よりかなり若い女と再婚などしてしまったら、それはもう大変である。年齢が違うから食事も合わないし、話題だって合わない。ましてや夜の生活など拷問である。確実に寿命は縮むのである。若い女が好きならば、風俗に行ったほうが安いし、新鮮なのがよりどりみどり、一瞬だが手に入る。それに後腐れが無い。責任も義務も必要ないので楽しめるのである。人間は天邪鬼な生き物なのである。出来ることはしたくない。出来ないことがしたいのである。

婚姻届、この一枚の紙切れの力を侮ってはいけない。これは国家権力が長い時間をかけて作り上げた、男を縛るお札なのである。これにより男には家族を養う義務というものが発生する。その力は個人で抗えるものではないのである。くれぐれも慎重に。

昨日の会合で悩んでいた貴兄が多かったものだから(笑)せっかく集まったのに写真を撮るのをためらったのは失敗であった・・・・・

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2010年5月19日 (水)

阿修羅

阿修羅という2ちゃねるみたいな書き込みが面白い!!!

http://www.asyura2.com/10/senkyo78/index.html

2ちゃねるみたいなネトウヨな意見はあまり無く、まっとうな意見が多い。それにしても政権交代というのは革命だったということがよく判る。15年後、この国はすさまじいほどに変わっているであろう。

森田実が最近おかしいと思っていたが、やはり同じ意見の人が多いようだ。その書き込みでなぜ森田の爺さんがおかしくなったのかが判る。

http://www.asyura2.com/10/senkyo86/msg/535.html

例の野中発言~そこまでいっていいん会への書き込みは超オススメ!!

http://www.asyura2.com/10/senkyo86/msg/484.html

ザ・スクープ、これもいい

http://www.asyura2.com/10/senkyo86/msg/532.html

是非是非、覗いてほしい。

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2010年5月18日 (火)

アイディアなんて・・・・

びっくりするのが、メーカーさんとお話をして、アイディアありますねと言われることである。はっきりいって、プロならば、アイディアなんてそれこそ湧き出るくらいにあるものなのだ。あの手塚治虫も、アイディアなんてそれこそいくらでもあるっていっていた。そうなのだ、アイディアが沸くなんて、当たり前なのだ。だからプロとしてお金を頂戴しているのである。アイディアが出ないなんて勉強不足でしかないのである。だいたいが、アイディアなんて、難しいものではない。ただの考えだけだからである。本当に難しいのは、そのアイディアを具現化することなのである。そんな本当のことを知らないから、ぼんくらの意見になるのである。特に東京という特殊な場所は、ぼんくらでも生かしてくれるから困ったちゃんが多いのである。だからなにも考えなくても生きられる。それが東京なのである。

アイディアなんて、実現しないと何も意味も価値も無いのである。くだらなすぎる・・・・・

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奴隷に携帯

今日、山手線でびっくりしたのだが、乗客の約8割が、ずーっと携帯の画面を見ている。これは実に恐ろしい光景である。それで隣に立っていた不細工な女がこちらにぶつかっても謝りもせずに、なんと携帯電話が禁止されている(名目上ね・・)席にどっかり座り、且つ足を組み、おもむろに携帯でメールを打ち出した。てめー、お前ほどの不細工ならば相手は男ではない。育ちも悪く不細工である。そんなくそ女だからこその行為ではあろうが・・・・それにしても不快である。、だいたいが。てめーだけ良ければいいなんていう考えの持ち主は品が無いのは当たり前である。親が間違いなく品が無い。っだから子供も品が無い。マイナスの連鎖である。あの野蛮人の英国人でさへ、ノーブレスオブリュージュっていうことを考え出したくらいである。同じような言葉ではそれを武士道と呼ぶのだ。しっかし、携帯覗いて歩いてるやつとか電車でずっと携帯覗いてるやつなんて、馬鹿顔ばかりで、賢いやつなんていない。賢いやつでも携帯覗いてたら馬鹿面になる。そりゃそうだ、周りが見えないからだ。なんか中央線で、携帯のメールに夢中になった馬鹿女が、来た電車に頭を轢かれたという馬鹿ニュースがあった。この馬鹿女、死ねばよかったよ。こいつ本物の馬鹿である。だいたい、電車が来てもわからないくらいに携帯のメールに熱中してたっていうんだから笑える。こんな馬鹿がいるっていうのも無駄な人間が跋扈しているということなのだ。だから世の中、バランスを採って、小子化になるのである。無駄な種は滅びるのだ。

無駄な種といえば、混んでる電車で平気で食べ物食ってる女とか。あと歩き喰いしてる馬鹿女もいるな。こいつらの親は間違いなく馬鹿である。躾ということができないのである。ぼんくらの連鎖である。こういうやつは利口になることはない。馬鹿は遺伝するのである。あとは消費するための員数でしかない。馬鹿も世の中には必要なのだ。それを必要悪という。でも、これらの種のほうが実は強いのだ。だから埃だらけの、車の排気ガスまみれの中で飯が喰えるのである。毒を喰っても生きていられるのである。強いのだ。

それにしてもである。このぼんくらども、携帯、たくさん使って、お金を携帯業者に貢いでいる。携帯が無い時代はテレビである。奴隷はいつも詐取される。世の中、2:6:2なのである。8割のぼんくらが電車でメールしている。その相手も当然いるのであるが(笑)・・・その中の2割の超お馬鹿が電話禁止の席で平然とメールしてる超馬鹿=奴隷である。そいつら、自分が奴隷だってこともわからずに死んでいく。幸せな人種である。

すこしはルールくらいの意味を判れよと思う。ルールというのは知恵なのだ。生きずらくなるからルールというものを制定したのである。それを理解できないのは動物に近い。だからそんな動物には人間の尊厳など必要ないのである。でも逆説的に、ルールを破るのがいるからルールが必要ということもある。まあ、世の中、所詮、2:6:2の割合なのである。マイナスも必要なのである。

でもさ、恥を知ろうよ。携帯覗いて歩くのはやめようよ。馬鹿面だよ!!!奴隷顔だよ。

ちょっと前まではテレビをあてがわれた奴隷。今は携帯電話のメールである。いつの時代も考えることのできない奴隷は便利な生き物なのである。

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2010年5月13日 (木)

方言

今日、たまたまテレビをつけたら、秘密のケンミンSHOWというのをやっていた。そこで、我友人、勝の地元、根室の食べ物を紹介していた。エスカロップやパンチライスなど、1皿にありったけのくどい食材を盛るだけの料理・・・・・嗚呼、懐かしい・・・・

まあ、そんなことはどうでもいいのだが、その出演者で、スピードスケートのオリンピック選手の岡崎なんとかっていうおねーちゃんが、北海道弁で、同年代のことを「ドンパ」という!と・・・・えっ・・・それって方言なの???もう数十年生きているが、それが方言とは・・・初めて知った・・・・ちなみに「ドンパ」とは同輩をもじって「ドンパ」になったらしい。今の今まで、それが方言だとは気づかずに、普通に使っていたのだが・・・・・この前も「はまやん、俺とドンパだったんだ!」とか普通にしゃべったけど、実は通じてなかったのか・・・・東京に来た当時、西友の発音が違ってたようで、言葉がなまってるといわれて、初めて自分に方言があると解ったものだ。北海道人はすこしアイヌ言葉もあるが、発音は東京人とまったく変わらないと思っていただけにショックであった・・・・

それであらためて、北海道弁をネットで調べてみた。http://tcnweb.ne.jp/~koyuki/na.htm嗚呼・・なつかしい言葉が・・・

東京へ来て、建築現場に行くと、北海道でしょ?ってかならず当てられたものだ。自分では気づかないのであるが、かなりなまっていたのだろう。

その当時、それでもすこしは矯正しようと頑張った。それでも一番苦労した言葉が「なんも」である。「なんもですよ」=「大したことないですよ」という意味であるが、東京の人が電話口で「とんでもございません」とか、今でもそれは言えない。「なんも」はさすがに云わなくなったのであるが、その代わりの言葉はいまでも口から出ない。だいたい、「とんでもございません」って、なんだよ!その言葉?といまでも違和感がある。変な言葉ではないかと思うのだが・・・・「なんもですよ」のほうがスマートで意味が的確だと今でも思う今日この頃である。

あと、どうしても抜けない言葉がある。「モノを捨てる」という言葉があるが、これがどうしても言えない。かなり意識しないと口から出ないのである。たとえ口が「モノを捨てる」としゃべっても、頭の中では「モノをなげる」なのである。

「おっかない」=「怖い」 「ちょす」=「さわる」 「なまら」=「すごく」 「ねっぱる」=「くっつく」 などは比較的カンタンに克服できた。 でも、「なげる」だけはいつまで経っても克服できないのである。

でも、先の北海道弁辞典を見て、それが方言だった?という言葉も多かったことに愕然とした。でも、普通に通じているつもりだけど違うのだろうか・・・・・まあ、言葉なんて所詮、感覚で判るものだから、どうでもいいか!!!

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今は男はバカなほうが良い

昔、バカな女ほどかわいいといった時代があった。男は賢いのがもてた。かれこれ3~40年前である。しかし現代、今は女は賢いほうが確実にもてる(美醜よりも)。男は出来るだけバカでイケメンがもてる。まるっきり逆転である。昔は男は不細工でも頭が良いとか経済力があるとかが最高の価値であった。しかし、これだけ時代が閉塞し、お金を稼ぐのが賢さとか、頭の良さではどうにもならなくなったら、その価値はなくなるのである。今は逆に、賢い頭の良い女のほうが男よりも稼ぐのである。そうなりゃ、男には良い遺伝子ということしか価値はなくなる。だからジャニーズが流行るのである。昔は稼ぐのは男しか出来なかったから、女は仕方がなく男に従っていたのだよ。(そのもっともっと昔は今のように女が稼いでいたのだ・・歴史は繰り返す)でもその立場が逆転した今、捨てられる男が後を絶たない。当たり前なのである。女が自身で糧を得ることが出来るのであれば、男など自分の遺伝子をつなぐための方法でしかないのである。だから小子化にもなるし、男があぶれるのだ。これが戦争になったら、一気にその立場は逆転する。しかし今は平和なのである。なんだかんだ云ってもまだまだ平和は続くだろう。だから小子化なのだ。子供が増える兆しが現れたら危険である。それは危機が近づいているということだ。でもこの国はまだまだ、とっぷり平和であーる。だから、世の女性は、出来るだけ若く、イケメンの、指が長く、シンメトリーな体型の、生殖能力の発達した男を選ぶべきである。それも出来るだけ「ぼんくら」がのぞましい。賢いヤツなんて理屈っぽくて駄目である。ただお話したいのに、それを「それはわかっている!」とか。一言で片付ける。そんな理屈だけ賢いのは放っておいて、いくらお話をしても聞いてくれる「ぼんくら」を選ぶように。それが幸せなのである。そうしたら家族ではお母さんが一番賢いかもしれない。そりゃ幸せだろうに。もしかしたら子供も賢いかもしれないし、賢くなくても、父親に似て、美形かもしれないし。それが生命をつなぐということなのだ。男がバカでいられる時代は平和なのである(男は実は余るし受難である。しかし戦争でも殺されるし・・・どっちにしろ受難である・・・・・・・)

昔は女25歳っていったら、もう子供がいたもんだ。まあ、そのころ平均寿命は短かったから致し方なかっただろう。今は30前半ではなく後半、いや40前半くらいで初出産も多いのである。平均寿命が85歳くらいまで延びたのだから、出産適齢期もそりゃ同じくスライドするわな。ましてや今の子供はすぐに大人に(都市化)させられるのに、実は中身は子供のままである。だからなかなか結婚もしないし、子供も産まない。それはそれで正解なのである。今は人が増えすぎたのだ。一番の省エネは人が少なくなるということなのだ。小子化は実は正しいのである。(文明の進化はエネルギーの消費に比例するのだ)

人間の考える思考や能力なんて、たかだが知れている。自身、我々生物の生命力にはかなわないのである。頭の良し悪しなんてたかだか知れている。そんなことよりも生命力である。近頃の若い娘は賢く性能がよい。それがよーっく解っている(頭ではない。体で。そのほうが本当の賢さなのだ)未来は明るい。

(負けたほう)戦争前は男が元気良い。戦争中は男は悲惨だ。戦後は男はあまり価値がない。戦争前、女も元気よし。戦争中、女も価値なし。戦後は女が悲惨である。

(勝ったほう)男も女も戦後はない。それだけの違い。しかし、いつか確実に敗北はやってくる。

時代は繰り返すのであーる。

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2010年5月12日 (水)

都市化と脳化

「都市化」と「脳化」。養老孟司先生の著作によく出てくるフレーズである。自分は田舎生まれの典型的な田舎モノであるが、仕事は建築関係の設計である。建築だから、そりゃもうバリバリの都市化の頭になっている。いや、設計は都市化の考え方でなければ成り立たない。ああすればこうなる、こうすればああなる・・・・・設計図通りに造ると結果、その通りになる。だから設計図が必要なのである。これを養老先生は脳化と言った。

この関係の仕事で、面白いとか面白くないとか云うやつがたまにはいるが、仕事など、頭で思い描くようにただこなすだけである。そこに面白いとかそんな感情など個人のもので、大勢には必要もないのである。ああなればこうなるっていうような考え方が出来ないのであれば、この商売には向かないのである。ましてや設備など、その最たるものである。やってみなくちゃ解らないなんてのは、どうしようもない。設備なんて、ちゃんとそのとおりにならないとまったく意味も価値もないからだ。ここ数年、その設備設計でさへ、設計=デザイナーなんて横文字にするもんだから、勘違いする輩が多すぎる。だいたいが、やってみなきゃわからないなんて、それはデザイナーではなくて芸術家。横文字でアーティストなのである。

本当はみんなそんなことは判っているんだ。でも、アーティストとなると名前負けするからデザイナーという単語に逃げるのである。何故か?それはデザイナーの結果は別に面白くなくても別段問題ないが、アーティストになると、面白くなくては評価されないからである。そこが天と地くらいに違うのである。

よくよく、観察すると、基礎が出来て無い輩ほど、なにか面白いこと、とかアーティスティックなものに憧れているようである。実力が無いから、中途半端なだけなのだが・・・・

日本は便利な国である。戦争で負けたからか、欧米人に憧れがあり、横文字が大好きである。それで拡大解釈してしまうから、そりゃお手軽である。日雇い=フリーター。集合住宅=マンション。横文字にすると、意味がぼやけるので、良く聞こえてしまうのだ。

日本のデザイナーって、芸術家と設計の中間くらいの感覚である。廻りも、本人もそう思ってるのである(意識としては理解していないかもしれないが・・・・)だからある意味、この業界では特権階級であろう。

先日、ある現場で、そのデザイナー様が、あーでもない、こーでもないと、いろいろ頑張っておりました・・・・・施工業者はみーんなプロだから、結果なんて初めから解っている。何回やっても上手くいかない・・・・・プロ達は、ただのお付き合い。仕方が無い・・・デザイナー様だから・・・・・ただの時間と金と労力の無駄である・・・・・・たぶん、頭が都市化していないのだろう。脳化していないのだろう。ある意味、立派である。でも建築現場は都市化の最たるものなのだ。その考え方はまるっきり適合しないのであーる。それでもデザイナー様が商売として成り立っているのは、もう天晴れとしかいいようがない。

まあ、話がオチャラケたが、都市化ということは、考え方が体系化しているということだ。数学のように答えが決まっていて、その答えまで到達するまでを論理的に考えるということである。だから、その考え方だと芸術家とは正反対である。だから、設計者はアーティストやデザイナーに弱い。それは解らない、自分の考えと違うからである。そこを上手く突いてしょうばいにしているのが日本のデザイナーという職業人である。都市化の脳では、日本のデザイナー業のまねごとくらいまではなんとかいける。でもアーティストはまったくもって無理である。だから、ある意味、ここ日本ではデザイナー業というのは(ごめんね・・建築業界のお話ね)便利で存在価値があるものなのだろう。アーティストはまったく理解できない(だから日本ではアーティストが喰えないのである)が、その中間のデザイナー様という便利な職業人がいる。その人達はユニバーサルだから、あまり設計には詳しくなくても、使いやすい。すこしは施工のことも理解できるみたいだし、それでアーティストみたいな真似事もできるしと(機用な日本人には合っているかもしれない)。そりゃそうだよね、施工経験なくても、学校で習ったからって設計やっちゃうんだから・・・・・そら、ある意味、姉歯よりも恐ろしいことなんだが・・・・・こりゃ、悪い意味での脳化であるが・・・・

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最近読んだ本 36

この国を動かす者たちへ 佐藤優著 徳間書房 ¥1490-

この本は、著者は週間アサヒ芸能に連載しているのを纏めたものである。さすがアサヒ芸能だけあって、内容は過激で実に面白い。なんといっても、著者の以前に所属していた外務省への批判は痛烈で、実名までどんどん出てくる。名誉毀損で訴えられないのが不思議なくらいである。まあ、ようは事実ということなのだろう。やはり佐藤優は、この手の本が最高である。是非とも買って読んでほしい。最高に楽しめるし、それで世の中にも詳しくなるだろう。超オススメ!!!

仕組まれたアメリカ解体の真実 ベンジャミン・フルフォード著 青春出版社 ¥1500-ブックオフで¥105-

まあ、この人の本は、「えーっ・・・嘘だろー??」ってなことも多いのだが、真実に近いようなこともあるので、推理小説みたいなのが好きならば、いいかもしれない・・・・

死ぬかと思った2 林 雄司 著 アスペクト ¥1000-古本屋で¥100-

読者が、自分の死ぬかと思ったエピソードの投稿を纏めたものである。まあ、¥100-くらいで暇つぶしっていうところか・・・・

歌舞伎町がもし100人の村だったら 北芝 健 著 KKロングセラーズ ¥905-

これも、古本屋で¥100-であれば暇つぶしになる程度の内容である。なんといってもイラストが下手である・・・・・

大人たちの失敗 櫻井よしこ 著 PHP文庫 ¥495- ブックオフで¥105-

この人、ちょっと発言が右っぽいので、著作には手を出していなかったんだけど、ぱらぱらっとめくると、けっこうマトモな内容だったので読んでみた。まあ、巷のジャーナリストより文章もお上手で、内容は良い。たくさん海外の新聞も本も読んでいるだろうし、海外生まれなので、相対的に冷静に物事を見ることができるのであろう。買って損はない。

結婚疲労宴 酒井順子著 講談社文庫 ¥448- ブックオフで¥105-

「負け犬の遠吠え」という著作で、負け犬という言葉を流行させ、一躍有名になった著者であるが、この本はその有名になる前に書かれたものであるが、すこぶる面白い。結婚にまつわる女の心理を実に上手く表現している。特に、結婚が決まった女の行動のところは納得である。たしかにそういう行動する女もいたなと・・・この本は女性向ではあるのだろうが、実は結婚前の和解男性は必読である。この本を読んでから結婚するかどうか考えるべし!!!超オススメ!!!

今回は、なんたって、酒井順子の「結婚疲労宴」が最高であった。電車の中で笑ってしまうくらいに面白かった。

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2010年5月 8日 (土)

ほんの少しの差2

ある物件のコンペで、今回は残念ながら落選したと連絡が来た。その担当のおねーちゃんはとても美人だが、かなりきつい感じで、いい女なんだけどねぇ・・・・とか、勝手にそのおねえちゃんにイメージしていたのだが、なんと、落選したとの連絡が・・・普通、下請けには連絡など入れないのが普通なのだ。大企業(そのおねーちゃんの会社は超大企業である)は、いちいち気なんか使わないのである。しかしである。その美人は、ちゃんと下請けに結果を報告したではないか!!!これはすごいことである。その美人への評価は大アップである。いつもちょっとつっけんどんだけど、実は思いやりがあるのだーっとか、こちらでは大層喜ぶのである。こんな報告も無ければ、「まあ、こんなもんだろう。次回はてきとーでいいや」なーんて思ってしまうのっであるが、こんな心使いをしいてもらうと、考えはまったく逆に作用する。「実はこのおねーちゃん、美人でつっけんどんだけど、それは表向きで実はとても優しくて気が付くいい女なんだろう・・・・今回は上手く行かなかったのは施主がぼんくらだから。また機会があったなら、この美人のために全力を尽くそう!!!」となるのである。この差はたった一通のメールでついたのである。たった一通のメールがここまで人の心を変えるのである。こういう女は間違いなくもてる。しかも、よい男が寄ってくるのである。美人だからではない。いくら美人でももてない女がいる。不美人でもやたらもてる女がいる(逆に美人って実はそれほどもてない。不美人のいい女のほうが数百倍もてる。これ現実)ほんの少しの差が大きな差を生むのである。鈍い、勘違いしてる女はそこがわからないのである。

先のブログの「だもんで君」の珍獣捕獲者も、そのちょっとの差を熟知している人である。その人と、別なエリアの担当者とは技術的な差は殆ど無いだろう。その上手く行かないエリアの人だって技量的には一流ではあるのだ。しかし、その仕上がり、結果が恐ろしいほどに違うのである。何が違うのか?それはほんのちょっとの差なのである。今回のキーマンは友人「○」である。それを巧みに惹き込んだのである。友人「○」の力は絶大である。施主にもつながるし、その友人「○」のエリアが最優先となり、全ての仕様、そこが基本となってしまうのだ。そうなれば、他のエリアはそこを踏襲しなくてはならなくなる。ましてや友人「○」の友人である自分は、そこを優先するから、ますますそのエリアが上手く行く。それで次回の発注もその捕獲者が最有力候補となるのである。技量の差ではないのである。眼の付け処が違うのだ。そのほんの少しの差なのである。

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ほんの少しの差

たくさん人が集まると、そこにはいろいろな個人の感情が渦巻くものである。そこに酒が交わると、思考はかなり途絶え、本能っていうか、感情がむき出しになるのだ。でも一応は大人だから、皆、そこを出来るだけ見せないようにしているのである。

人間、34~35過ぎると、あと、どれだけ延びうるか?なんて、だいたい想像がついてしまうものである。40を過ぎて50になると、もう延びなどありえない。33くらいである程度、めどがつかないと駄目である。30歳まではリーグ戦。それを超えるとトーナメントなのである。

昨日の会合、来ていただいた人、残念ながら来れなかった人。そこはほんのちょっとの差である。ある意味では、来たらすごいチャンスであったかも。だって、なかなか一同には集まらない人達ばかりだから。そこはちょっと残念だったかもしれない。でも、来れた人でも来なかったほうがよかったかもしれない人も実はいるのである。今回、面子を見て、嗚呼、これはちょっとだけトラブルな、と感じた。それはプラスが多いと、そのぶん、マイナスも呼び込むからである。案の定、その危険因子が吼えた。下でたむろってたら、叫び声が聞こえた。「おいおい、人の娑婆でさわぐんじゃねえよ!!!」と、ヤンキーの血が踊る。だいたい、叫んでいるヤツがだれだか検討はついている。怒り=喜び(実は)で屋上に上がる。きちがい○○先生ならば、目が合った瞬間に静かになる。だって先生、頭いいからね!でもその後輩、ぼんくらだから、ついつい言葉がきつくなる。「おい、うるせえよ」・・・・きちがい○○先生がそのぼんくらを御する。ここで大魔人がいないのは幸運であった。大魔人は下でたむろってたのだ。また、講道館三段の肉食獣が名古屋の現場で不在だったのも幸いだった。元ヤンキーの自分なら、そのぼんくら80kgぐらいは分殺である。首の捻挫でボデイが弱っているが、それでも80kgくらいなら大丈夫。昔はスクワット100kg超、ベンチプレス78kg超であった。それをはるかに超える本物の講道館三段の肉食獣なら間違いなく秒殺である。ほんとうに瞬間芸であろう。そんな我らを御するのが大魔人である。前にブログでも報告したが、門前仲町に行くとかいうから、「面倒だ!!!」なんで「もんなかまでいくんだよ!行きたくねえよ!」とか大騒ぎした自分に、「うるさい!」と財布で頭を大魔人に叩かれた・・・それで、しゅんとしておとなしくなってしまった・・・・ボウリングをしても、もう孫までいてカメラのことはあまり知らないらしいので、そのことではおとなしい大魔人が、若いのがこちらのレーンにはみ出すと、「おい!お前ら!邪魔だ!はみ出すな!」と怒る。昔の若いころに戻る。おいおい、孫いるんだから・・・って。なんか、今回、本物の大魔人に会ったって、「y」も「ぷ」も喜んでたけど、大魔人、にこにこしてって、とっても優しい、いい人(孫いる、じーじ)だけど、怒らすと大魔神になるんだよ。それで大魔人なんだよねー!あはははは。そんな怖い大魔人であるが、仕事では、どんなことでも、なにもなかったように納めるのね。これって本物の超すごい技術なんだけどねえ。(仕事の取り方が、まるでペリカンと同じなので、近い筋からはペリカンとも呼ばれている)

また、今回は寸前で、来れなかった不良(ごめんなさいね、師匠なのに。昔は○走の大魔人も師匠・・・師匠って怖い・・・・)が突然、来れなくなったのがよかったのだろう。その男、かなり怖い。

そんな不良が来れなかったのと、肉食獣が出張で、おまけに大魔人が下でたむろしていて、上にいなかったからよかったのだ。

まあ、先ほどのぼんくらは、二度と呼ばないだろうし、誰からも声がかからないであろう。こういう人は、この先もうまくいくことはない。どうして自分は売れないのだろう???って、すこしは考えているだろうけど、自分で売れないようにしているだけなのである。アーティストやデザイナー、技術屋などの専門職に多いのが、努力への信仰である。努力すればなんとかなる!自分が売れないのは世間が自分について来れないからだ・・・などという錯覚を信じている。これは病というよりも、あまりに世間知らず、幼稚ってことである。大体が、一流になればなるほど、その人達の技量、能力、才能の差などほとんど無いに等しい。あるのは、ほんのちょっと、紙一重くらいの差なのである。その差が一流と超一流を分けるのである。殆どが、考え方の差だったり、毎日の過ごし方、付き合う人への対応の仕方だったり、言葉の使い方や食事の仕方だったりする。それが解らないぼんくらは、自分の努力という名目の中に逃げるのである。自分の努力だけで成功するのなら、誰でもカンタンなのだ。世の中は受験勉強ではないのだよ。そんなに甘くない。応援してくれる人達にめぐり合わないと、またその人達にずっと応援してもらい続けなければ成功などすることはないのである。

美人、不美人を分けているのだって、実は、ほんのちょっとの差なのである。眼の離れ、鼻、口、輪郭・・・それが他の人とは1センチも違わない。ほんのミリ単位の差なのである。それがバランスされてれば美人。ちょっとアンバランスが不美人なのである。

ほんのちょっとの差が実は、とても大きな差を生むのである。

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2010年5月 7日 (金)

不思議な光景

昨日、一応、管理している会社の会合があった。そこでこのブログにたまに登場している面子が集まったのだが、自分は友人なのでいつも会っているから気にしてなかったのだが、実は、「y」や「ぷ」や「大魔人」は(「ぷ」と「大魔人」は何回も会ってるよね?)同じ場所で会ったのは初めてだったらしい。たしかに組み合わせっていうか、都合っていうのかはある。「y」と「ぷ」はだいたい同じに会う。「大魔人」と「s」の組み合わせが多い。今回、「s」は会えなかったが、「y」と「ぷ」と「大魔人」が一同に会した。「y」と「大魔人」はたしかに初対面だったかもしれないけれど・・・・(目線には一応、消しを入れるけど・・・)

「y」がかなり喜んでいた。そうだったっけ・・・「大魔人」に会ってなかったっけ???と考える・・・・・・

「y」は以前に名古屋にいた。この前のブログの「らー油や」の場所がどこなのか???さすが「y」、「大魔人」の説明ですぐに場所を突き止めた。すごい・・・

自分は土地勘とか、地図を解読する能力は皆無である。そのときは知らんぷりである。GPSは私には効かない・・・・・・・猫に小判、豚に真珠である・・・・

それにしても「y」は構造屋である。今回の会合、おかげさまで沢山の方々が来てくださったのだが、信頼してる「y」が「床抜けるよ!」とマジに言う。おいおい、客人を怪我させてはいけんのだよ。すこしでも荷重を下げるために下の階へ陣取る。「y」の言葉はレヴェルが違うのだ。また、「y」の同僚も、○○建設の友人も同じことことをのたまう。このビルが倒壊したって、「s」にあやまればいいので気にしないが、友人達が怪我するのだけは避けなければ。舞台屋の理論では大丈夫なのだが・・・・「大魔人と陰で協議する・・・」

今回、突然、佐世保から友人「たつ」が来てくれて、それで「たつ」には申し訳ないけど、相変わらず自分はなーんにも出来ないので、「たつ」がいろいろ助けてくれた。ありがとう!「たつ」!!!今度おごるね!

いろいろ長く生きてると、いろんな人に迷惑をかける。今回もあかり職人にはたくさん迷惑をかけた。(いつもいつもで・・・すいませんです・・・・・)

今回、友人「き」も来てくれたのだが髪が長いままで、相変わらず胡散臭い・・・・・・・・気をつけろよ!!!友人「き」!!!!!おなごは甘くないぞ・・・・・久しぶりに「き」とあの事務所の会計監理している「te先生」が会ったのに、ファンドのお話かよー???もっと良いお話があるだろう?それは「たい、さし」でお話しましょう(笑)

と、じいさんは小言を並べたくなる・・・・・・・・・

今回の会合、友人「s」の仲間達、またいつものごとく、よくしてくれる。なんと「s」がいないのにである。このなにもできないじいさんのフォローをしてくれる。いつもかたじけない・・・

ありがたい、とてもありがたい、不思議な光景なのである。

まったくもって、関係者しか理解できない内容のブログである・・・すいません・・・・

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2010年5月 6日 (木)

衝撃!野中大暴露!

4月23日、沖縄で、元自民党の官房長官だった、野中広務氏が、官房機密費の使い道を大暴露したようだ!首相経験者、野党政治家、それに政治評論家やタレントまで、税金である機密費から工作費用をつまんでたっていうんだから洒落にはならない。

文藝評論家、山崎弘太郎氏のブログ http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20100503

副島くんのぼやき http://www.snsi-j.jp/boyaki/diary.cgi

時事通信社http://news.fresheye.com/article/fenwnews2/1100004/20100501112000_ji_tpX831/a/index.html

読売新聞社http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100501-OYT1T00716.htm

zakzak http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20100501/plt1005011335001-n2.htm

いやー、すごいことですよ。こんなことが明るみになるなんて!!

間違いなく、革命が始まっておりますな。

これで、テレビタックルも打ち止めだろう。

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2010年5月 1日 (土)

だもんで君

いま係わっている現場に面白い珍獣がいる。名古屋で捕獲され、東京の現場に連行されてきたらしい。生物名は「だもんで君」である。こういう生き物が現場に生息していると、非常に上手くいくようである。たしかに他と比べ、現場がきれいで仕上がりも早い。1_2 2_2

いたるところに似顔絵が描かれている。そうしてこれが実物の珍獣である。この似顔絵、珍獣の保護者が描いたものであるが、非常に似ている。素晴らしい絵心である。

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私もこの珍獣の写真を元に、似顔絵を描いてみた。

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最初はシリアスに・・・・それで崩していき、最後にはできるだけ単純化する。それが似顔絵の手法である。

Photo_3

ちょっとディフォルメしすぎたか・・・・・

ちなみに下記は友人がiphoneで加工した写真である。

右に写っているのが、この珍獣を捕獲してきた責任者である。

Photo_4

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秋葉原に行ってきた

休日、久しぶりに秋葉原に行ってきた。相変わらず人でごった返している。蔵前橋通りの向こう側も、なかなか発展してきたようで、メイドさんが多い。店頭販売もコスプレであった。1 2

その後、ヨドバシカメラへ向かう途中、昨年の惨劇があった場所を通る。そんな惨劇があったことが嘘のような人、人、人である。メイドさんの勧誘もすごい。メイド喫茶も激戦なのであろう。

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しかし、おまわりさんがいたるところに立っている。それが事件があったことを物語る。

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道の途中、すごい車を発見した。痛車というやつである。それにしてもこの軽ワゴンはすごい。よくもまあ、恥ずかしくもなく、こんな車に乗れるものである。ヤンキーでシャコンタンに乗ってた自分が言うのもなんだけど、それにしてもである・・・・

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全体が綾波レイである。いくら好きとはいえ、やりすぎであろう。それにイラストがへたくそである。この持ち主には可哀想であるが、事実である。それにしてもクレージーである。

こんな平和の街に去年の惨劇があったのことなど、信じられない。

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