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2010年1月31日 (日)

表情

いつも利用している、住処から数分のピーコック。そこで閉店間際になると、半額のシールを貼っているおねえさんがいるのだが、ユニフォームがお惣菜を作ってるらしい白なのだが、いつも悲しそうな表情で、それも無言で半額のシールを貼っている。けっこう美形なのだが、何故か悲しそうな表情でいつも不思議であった。売れ残りがそんなに悲しいのか?それだけ商売に誇りを持っているのか?でも積極的に声をかけて売ろうともしていない・・・その理由が今日判明した。

彼女の同僚らしき同じユニフォームのおねえさんが彼女と会話していた。中国語だった・・・そうなのだ。彼女は中国の人だったのだ。言葉も満足に判らず、それでいてお惣菜をこの異国の地で毎日毎日作っているのだ。そりゃ暗い表情にもなるだろう。絶対的に安い報酬。それでいて日本人とは全ての面で待遇が違う。彼女達はどんなに頑張っても報われない。病気なんてなったら保険書もないのだから病院だってそうカンタンにはいけない。すごいお金を積んで日本まで来たのだから、そうカンタンには帰れない・・・・・それが嫌なら体を売るしかないのである・・・・

いつも行く秋葉原。うんこしたくなったら利用するぱちんこ屋。そこの清掃とかしているミニスカートのきれいなおねえちゃん。その娘たちもいつも無言で悲しそうな表情なのである。そうなのだ。彼女達も中国から来ているのだ。

外国人なんてそんなものである。よほど運が良くないと、普通の生活さへも出来ないのである。戦後60年以上経過したのに、朝鮮から来た人には今でも選挙権もないのである。なんと税金を納めているのにもかかわらずである。それほどナショナリズムというのは大きいのである。

元々、中国も台湾もモンゴルも韓国も朝鮮も同じ人種である。それでさへナショナリズムがあるのだ。まったく人種の異なるアングロサクソンなんて、どう考えたって個人レヴェルでは話が合っても、国家とか人種とかの大きな枠組みでは難しいのかもしれない。

夢を持って、高いお金まで払って日本まで来たのに、まともな仕事は下働きの単純な過酷な労働だけである。それが嫌なら風俗で体を晒して生きるしかないのだ・・・・・・表情も暗くなるのは当たり前なのである・・・・

5年前くらいに中国の工場に視察に行ったのだが、そこで同じような表情の青年達が仕事をしていた・・・・・・北の貧しいところから来た若い青年達。。。。生まれた故郷が貧しいと、どう頑張っても、なかなか貧しさっていうのは抜けないものなのである。それは個人の努力ではどうにもならないのだ。悲しいかな現実である。

日本も過去は同じかそれ以下だったのだ。しかし、先の戦争でこの国の英霊は頑張ったのだよ。だから今の生活があるのです。そこは感謝するべきである。先の戦争を批判すのるは簡単である。しかし、それは本質を知らないからである。

先の彼女達の表情がそれを教えてくれる。

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2010年1月30日 (土)

女も男も愛嬌が大切だ

今日、現場での打ち合わせがあったのだが、(デザインの仕事なんて、デザインはほんの10%もあるかないかで、殆どは打ち合わせ「くちプロレス。言葉のでの格闘」なのだ。それが現実である。)建設現場での打ち合わせ,ってのはむさい男ばかりの世界で嫌になるが、それでも人間観察の場という観点では実に最高に面白い。本当にたくさんのいろんな人がいて、それも立場がいろいろなのである。馬鹿もいれば、あんぽんたんもいる。賢いのもいれば、ずるいのもいる。本当にいろいろな人がいるのである。みんなそれぞれの理由で必死で頑張っている。自分のためだけのヤツ。家族のためのヤツ。会社のため?(結局自分のため)のヤツ。とにかく人間観察には面白いのである。

そんな状況では皆、いかに自分のことを守ろう、自分が優位に立とうと必死である。だからドラマが生まれるのだ。

でも、冷静に見ていると、そこを上手く泳ぐというか切り抜けて自分の思うようにもっていけるヤツは間違いなく、ある種の「才能」を持っている。また、それがないと駄目なのである。いくら賢い頭脳とやらを持っていてもまったく駄目なのである。努力してもお話にもならないのだ。いくら頭で考えても駄目。考える時点ですでにゲームオーバーなのだ。咄嗟の時、危険な状況・・・そんなときには考える余裕も時間もないからだ。でもそれを超越する例外というのは稀であるが現実に実在する。それを「才能」というのかもしれない。

友人「s」が、ある仕事がどうしても間に合わなかったときがあって、それで「s」がどうしたかというと・・・・・「s」はそのデザインパースを施主にどうしても見せなくてはいけなかった・・・・そのとき、「s」曰く・・・・・「いや、まだ発表できる段階ではなくて・・・でもここにお集まりの皆さんにはすこしでも御見せしなくてはならないから、もってはきましたが・・・」といいながら、「s」はそのデザインパースをすごいスピードで上下に振動させながら、よく見えないように・・でもなんとか出来ていて・・・・・これは普通の人が真似してもまったくもって駄目である。普通は怒りを買って、スグにクビである。しかし「s」は愛嬌という素晴しい才能があるのである。愛嬌という才能は不可能も可能にするのだ。これこそ黄金伝説である。こんなことを出来るデザイナーは世の中広しといえども「s」しかいないだろう。

今回の打ち合わせで、内装の設計者が上下階で違うのだが、方や理詰めでどんどん迫ってくる。それはそれで間違いではない。デサインは理詰め。それは間違いない。(だからそれを設計というし、それでお金を頂戴してるのだ。勘違いしてはいけない)その人達は優秀である。しかし、それは基本の基本でしかないのである。(理詰めのデザインが出来ないのはスタートラインにも立てないから論外。間違わないでね)もう片方の人達。理詰めをオブラートに包むような・・・・端的にいって愛嬌があるのだ。同じ仕事でもどちらが上手くできるかというと・・・それはスグに判るだろう。その愛嬌がある人達のじいさんとちょっとオデブちゃん。とても愛嬌がある。打ち合わせは勝負でもあるのだ。そこで愛嬌で切り抜ける。それは才能なのである。片側は理詰めであるが笑いが無い。愛嬌がない。技術だけでは上手くいかないのである。何度も言うが、努力だけで上手くはいかないのである。笑いがないと。人はロジックだけでは動かないのである。

友人「p」はそこを実に・・上手に・捌く・・怒りをみせたり・・譲渡してみせたり・・・さすがである 笑ってしまう。さすがである。その瞬間の勝負がすごい面白いのである。(大笑いしてるから、面白いから、なかなか帰れない。それを、その現場を見れない若者は不幸である。。。。立ち回りは下手糞だが、しかし、それをライブで見れるパクヲは幸か不幸が運が強い!!)愛嬌のある人達は言語が同じらしいので、賢いのは安心して見ている。それを見ていてまた笑える。ピンチのときにはそれに必要な人が集まるものである。不可思議であるが現実なのだ。またそれに伴うマイナスも伴うものなのだが・・・・・・。世の中は面白い人には大変に面白いのである。世の中は間違いなく超不公平なのだ。それは太古の昔から変わらない。生物はそのように出来ているのだ。たかだか人間の知能がそれを超えるなんてなかなかできないのである。(2000年くらい寿命があれば別であるが。でも、みんなそんなに生きられないし、長い歴史の中では個人の生きる意味とかっては無いんだから。自分のためだけに生きよう。寿命短いんだからさ。)

話はずれたが・・・

そこの管理しているスーパーゼネコンの頭いい人、その人もすごく愛嬌がある。厳しいこといってるのに、面白いし、どこか余裕がある。そういう人は時間をも操作できうるのだ。自分の担当の設備も担当の人もが愛嬌があるので、打ち合わせは楽しいし、楽である。特に打ち合わせの時間も必要ないぐらいなのである。プロだから、言葉は同じだし、方向も同じだから、あえて時間もそんな必要ではない。こちらが考えるまえにそのひとが全てを間違いなく終わらしているから。だからその立場だけでの愛嬌がある人はそれだけで才能がある。運があるのだ。だいあた仕事が出来ない人は愛嬌が不足している。女も男も愛嬌がとても大切なのである。

しかし・・・・・・・・・・・・・・・・・

愛嬌があるというのは実は賢いってことの裏返しでもある。そういう人達は心に幅があるというか余裕があるから、実は、かなり冷静でもあるので、かなり気をつけて接しないといけないのである。内実はあまりかわいい人ではないのだ。だからその笑顔の裏の心を読まないとだめなのだ。そういう人の要求はさりげなく、こちらも笑って愛嬌で同じようにこなさなくてはいけないのである。それが人間関係のコツでもある。

頭のいい人ほどさりげない。しかし、裏では時間に厳しいし、内容にも厳しい。相手の出方、実力をよーく、よーく、見ている。

しかめっ面してても駄目なのだ。才能あって賢いヤツほど涼しい顔してるのだ。

女なんて端的そうである。男なんて判り易いが女はもっともっと高度なのである。「おんな」は普通でも愛嬌という才能を持っている。しかし、それでももっと愛嬌という才能をもっているのが存在するのだ。それはそれは最強で並みの男はかなわないのだ。

それを塩野さんという作家ではないが「ワル」という。(塩野さんは女性なので男をそう表現したが、実は女は基本的に「ワル」でそれより性能がよいのは「超ワル」。男はかわいいものである。男の「ワル」は天然記念物と称されるそうだ。(笑)

塩野七生 著

『男たちへ フツウの男をフツウでない男にするための54章』(1989年 文藝春秋、1993年 文春文庫)

『再び男たちへ フツウであることに満足できなくなった男のための63章』(1991年 文藝春秋、1994年 文春文庫)

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2010年1月29日 (金)

運の尽き

今日、午前中、打ち合わせしたら、現在、超売れっ子のビックネームの某氏が絡んでいるお仕事のお話だった。

過去にも、その当時のビックネームが絡んだ仕事をいろいろさせていただいた。それがクライアントだったり、プロデューサーだったり、デザイナーだったり・・・・その人方は、超売れっ子になり、有名になって一世を風靡するのであるが、それからほんの少しの年月で、消えることはないのであるが、過去の人になってしまうのだ。その、世の中の寵児になった度合いが大きいければ大きいほど、その落差も大きいのである。

大体、大きい仕事が来たときには既にピークを過ぎているものである。そこでもまだこれからとか勘違いしてしまうから悲惨なのである。ピークが過去にあったから大きな仕事が舞い込んだので、そのこときは既に盛りは過ぎているのである。上手く行くことなんて10年に1回あればいいほうである。普通はいつもの日常なのである。それでも生きているということが幸運なのである。誰しもそれを忘れてしまうのだ。。。。だあkら勘違いするのだ。。。。。

仕事の理想は、ちょっと自分の実力を全て出しえても、ちょっと足りないくらい。それが自分も向上できるし、一番よいのであるが、それは高度成長の日本国と同じである。それが永遠には続かないのだ。必ずピークというものを向かえ、それから落ちていく。人間、いや、生物である以上、その法則からは逃れられない。永遠のものなど何も無い。

極々稀に、違うことでなんとか永らえる人もいる。1億分の10ぐらいの確率で。そんな人は、今までの成功した仕事から新しいことにチャレンジしている。ビートたけし氏やタモリ氏、松下幸之助氏や本田宗一郎氏(松下氏や本田氏は同じ電気や自動車の仕事であるが、その内容は随時変化させているのである)

同じテイストでは5年も持たない。どんな分野のデザイナーでも自分を変えないと、変化しないと生き残れない。インハウスのデザイナーなら、会社の看板があるからそこまで自分の色を出さなくてもよいから、寿命は長い。しかし、個人のキャラクターで勝負すると、その旬の時間は非常に短いのである。そこで成功したらば短い時間でも大したものである。しかし、成功する人は1%にも満たないのである。殆どの人は成功しないし、その仕事にさへ就くことができない。スタートラインにさへ付けない。それでも生きていければまだいいのであるが、それがすごい不条理な労働であったりもする。それが現実なのである。頭の良し悪しではない。努力の仕方の良し悪しでも、その量でも決して無い。残念ながら努力しても無駄で、まったく処方箋にはならないのだ。努力はそれを認めたくないから努力に逃げるのである。冷たいようだが現実なのだ。

そうは言っても、世の中、ネガティブなことだけではない。宝くじは買わなければ、決して当たらない。宝くじを買ったからといって当たらなくても後悔してはいけないのである。その成否までの時間を買うのだ。「夢」を買っているのだから。

なーんて、くだらないことを考えてしまう・・・

まったくどうでもいいことだねぇ・・ それも運の尽き・・・

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2010年1月28日 (木)

性善説と性悪説

森田実氏のブログを見て、思わず失笑してしまった。

http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/

必要なのは「説得」であると・・・・・説得で上手くいくのであれば警察はいらない。戦争も避けることができる。子供への体罰もいらない。こんなことはありえない。今、体罰をなくして「説得」という生物としての本能をないがしろにして、頭でしか考えないという盆暗での思考なのだが、それに気づいていないってのはおしまいである。言論人としてはお話にならない。

「説得」で上手く行くというのは幻想でしかない。それは性善説、所謂、自分がこう考えるから相手もこう考えるだろうという前提が必要なのである。そこに矛盾があるのだが、自分は常に正しいという自己顕示欲がそこにあるのだ。それを日本人の特性というのはカンタンであるが、そこまで日本人は均一ではない。均一な思考ならば犯罪も無いしクーデターもないだろう。だからといって世の中、欧米のように性悪説一辺倒でもない。たしかに性悪説というのも一理ある。そかしそれは、自分に対し、相手が劣っているというのが前提なのである。植民地政策を推し進めたアングロサクソンにはこの理論は有効なのは当たり前である。それがないとそんなことは出来ないからである。

どっちか一辺倒に安易に傾倒するからおかしいのである。右翼、左翼も同じである。身近なサークルでは考え方が近いので性善説のほうが強いし、それがある程度当てはめてもおかしくは無い。しかし、まったく知らない人やサークルが違う、生きてきた世界が違う人には自分の価値観などは当てはまらない。そこには理解できない部分が多くを占めるので性悪説で対応したほうが良いのである。そこが人々の知恵なのだ。強引に右、左、とか善、悪を決めるというのは占いと同じで、あまりにも稚拙である。それを強引にどちらかに決めるから全体主義とか原理主義に陥るのだ。理論は間違ってない・・とかは実は危険なのである。理論が合っていれば間違いないというのは危険な幻想でしかない。それが判らないというのは幼稚なお勉強馬鹿である。世の中そんなに甘くは無いのである。

それをなんとかしようと哲学やら宗教やらでいくら取り決めしようとも、所詮、生物の我々の本能を凌駕するものはないのである。昔の偉人の言葉を参考にするのはよいだろう。しかしである。そればかりを強調してその偉人の論理だけで生きるのはおかしいのである。昔の人の言葉で今も残っている言葉は、それは参考にすべきである。そには知恵が詰まっているからだ。すこしでも上手く生きて往きたいのであれば参考にしない手はない。でもそれだけをバイブルとして生きるのは自分の考えるということの放棄になってしまう。いくらよい言葉であろうと、その焼き直しでは自分ではなくなる。人の人生を生きてなんの価値があるのだろうか??上手く生きようとか、そんな浅はかな考えをするから自分じゃない他人を気にするのだ。他人の言葉を盲目に信じるのだ。言葉は怖いのだ。じゃなきゃ宗教で戦争はないだろう?救う言葉が戦争を起こすのは現実なのである。生命体である以上、他の生命体を殺して(戦争)我々が生きている。だから戦争なんていくら哲学したって宗教したって間違いなく必然で起きるのだよ。生命は勝つか負けるか、生きるか死ぬかなのだよ。それが本質なのだ。

生命は他の生命を略奪して生きている。それが現実である。知識人というアマちゃんは、人間同士殺しあわなければ良しとする。しかし、お前ら、肉食べるだろう。魚食べるだろう。野菜食べるだろう。それって生命の略奪なんだよ。生命というものを維持するには、他の生命体の命を収奪しなくてはならないのだ。そんなの当たり前だろう。ペットを愛玩するのは人間の一方的な要求である。欲求ではない。ペットには自由はないのだ。それは自己愛なのだが、それが自分という個を救うのである。そのために犠牲は必要である。自分もパートナーのペットもである。幸せの定義なんて本当はいい加減で確実なものは無いし、それを決めるのはおかしいのだが、本能で守りたいとかかわいいとかは本能なのだ。知能があるのは大変なのだ。本能をなんとか抑えるために感情があるのだ。論理に逃げるのだ。それは知恵なのだが・・・

結局、性善説も性悪説も、人間という種を残していくための方法論でしかないのである。食物を摂るという「他の生命体を殺して生きながらえるということだけが」世の中のどんな教義や宗教や法律よりも教育よりも間違いない「事実」なのである。そこをなんとかかっこよくあてつけるからおかしくなるのだ。ようは飯食って(他の生命体を殺して加工して)生殖して(子孫を残して)・・・・それが生命体なのである。イデオロギーとかいったって、所詮は生命をいかに残すかってことなのだ。

まあ、そんなこといったら(真実)、それをいっちゃおしまいだ・・よってフーテンの寅さんから怒られそうだ(笑)

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2010年1月26日 (火)

緊急告知 民主主義の危機

近頃の小沢氏への攻撃は酷いものである。司法とメディアが一体となっての攻撃である。これはクーデターであろう。

あの副島くんも怒り心頭のようだ。http://www.snsi-j.jp/boyaki/diary.cgi

狐目の男から、面白い反抗の方法が示されている。どこまで効果があるかは疑問ではあるが・・・・・でもたった90円しかかからないので、すこしでも反抗したければ試してほしい。

http://miyazakimanabu.com/2010/01/21/663/

申立書をプリントして住所、氏名、捺印で郵送するだけである。

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元気一杯

大魔人が誤って、i-podの曲を全て削除してしまったとのことで、もう一回、入れなおしてほしいと・・・・・それで田町で合流することになった。当然、その後は飲み会になるのだが、目当てのお店まで歩いてたら、どこの店も閑古鳥状態である。田町はオフィス街なので、曜日に関係なく、いつも満席状態が常なのだが、それも25日といえば、一般の会社の給料日である。それで閑古鳥とは・・・・・世の中、かなり深刻な不景気なのである・・・・・

いつも行く駒八本店は18:00過ぎるといつも満席になって入れないのだが、この日は簡単に入ることができた。駒八でさへそうなら、これは本当に深刻である・・・・

その日の大魔人、かなり元気で、いつもは電車があるうちに帰るのだが、「もう一軒行こう!赤ウインナー!」とのたまう。それで久しぶりに「赤ウインナー」のある店、「元気一杯」に向かった。

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「元気一杯」はなんと内装が一部改装され、メニューも変化していた。しかし相変わらず「赤ウインナー」はまだあるようだ。

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赤ウインナーを注文するも、タコさんにして、かにさんも!と、いろいろ注文をつける孫もいる大魔人である。それに文句ひとついわずにお付き合いしてくださる店主に感謝である。大魔人はご機嫌である。周りのお客とお笑いタレントのことで盛り上がっている。自分はほとんどテレビを見ないので、よく判らない・・・・

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そうしたら、「赤ウインナー」がやってきた。それも器も内容もかなりグレードアップされていた。昔は赤ウインナーだけのチープなメニューだったのに。びっくりである。

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見事にタコ、かにが表現されていた。それに赤ウインナーだけでなく、あら引きウインナーも加わっていた。

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2軒目はさすがにきつい・・・・

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元気な大魔人をタクシーに押し込み、さあ、帰ろうか・・・・しかし、歩いて帰る気力がもう残っていなかったので、近いのにタクシーで帰ることにした。

元気一杯で逆に元気を全て吸い取られてしまったようだ・・・・先週の新宿での飲みすぎでの疲労がまだ残っているようだ・・・・・不元気一杯である・・・・

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2010年1月24日 (日)

男にとっての女の三種の神器

男にとっての「女の三種の神器」はスカート+ストッキング+ハイヒールである。昔、フジフィルムのコマーシャルで、「綺麗な人はより綺麗に、そうで無い人もそれなりに」という有名なフレーズがあったが、まさにそのとおりに先の三種の神器を身に纏った女性は確実に1~2ランク、魅力がグレードアップする。これは女装という武器なのである。この格好で目の前に座られると、それほど美しくない人であったとしても、確実に気になってしまうのだ。それが男の悲しい性なのである。

前回のブログで、自分のことをよく知らない美人のことを書いたが、その女性達はこの「三種の神器」をまったく活用していない。だからその持っている才能をまったく生かしきれていないのである。実にもったいない話である。

営業職で、この神器を使ってない女性が、物が売れない・・・・なんていってるが、当たり前なのである。営業は演出が必要なのである。世の中はなんだかんだいったって男社会なのである。物なんて何処のメーカーもそれほど変わらない。デザインだってそれほど変わらない。なんたって買うほうが、その違いを知らないし、また判るはずがないのである。

基本的に物を買うということはイメージを買うのである。その機能や価値なんて二の次、三の次、いやそれ以下で、まったくどうでもいいのである。それよりもイメージが重要なのだ。先ずはその会社のイメージ。これが一番重要なのである。会社ってのは看板が重要なのである。それが購買意欲を動かす最大のポイントなのは間違いない。しかし、その次は個人のパーソナリティなのである。同じような会社で同じような商品だった場合は、確実にその営業の人のパーソナリティが勝敗を決するのである。

我々が属する建築業界の購買などはまさにそれなのである。どうせなら「三種の神器」を纏ったきれいなおねーちゃんから買いたくなるのが当たり前なのである。現場に営業に行くのなら、必ず三種の神器を身に纏うべきである。生命保険のおばちゃんを見習うべきなのである。下手に商品知識を身につけても、いくら努力しても「三種の神器」の力にはかなわないのである。実は世の中なんてそんなもんである。どんな商品も内容を吟味して買うようなことは無いのである。

同業のワルがそれを上手く活用している。この「三種の神器」を身に纏ったきれいなおねーちゃんは売るときには強力な武器になるし、もしトラブルがあったときには重要な盾になり守ってくれるのだ。そのワル達はその効用をよく知っているのである。男社会のほうが、結局は女の力のほうがより生かされるのである。

だから世の女性達は「三種の神器」を身に纏い「女装」すべきである。それがその女性の本質でなくていいのである。そんなことを知らないほど男も馬鹿ではない。しかし、四六時中、相対する訳ではない。その時くらいは夢を見させてほしいのである。「9割は外観で決まる」という本があったが、まさに世の中、そのとおりなのである。

世の中、努力だけでは変わらない。ちょっとしたことが大きな差になるのである。

是非ともお試しあれ。

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2010年1月23日 (土)

自分のことを知らない女性

自分が属している業界はデザイン系である。それも建築系である。だから服飾とかの煌びやかな世界とは程遠い、男っぽい世界である。しかし、それでも近頃は女性がかなり多くなってきている。しかし、根本的に男の世界なのは間違いない。そんな業界でも世の中は人口の分布が全てなのだから、当然、生命の法則の通りに、超美人、美人、やや美人、普通、やや劣り、劣り、不美人(世の女性から怒られそうだが。。。。ごめんなさい)という割合になっている。(2:6;2をもっと細かくしたらその通りになるのだ)だからけっこうべっぴんさんもいるのである。しかし、この男っぽい業界が悪いのか、その美人達が美人らしくしてないのがこの業界の特徴でもあり、駄目な部分でもある。だから商売も下手糞なのである。また、その女性たちには自覚がない。これが大問題なのだ。才能があるくせにそれを使わない、気づかないというのは罪である。自分はその業界のほんの一部分なのであるが、それでも美しい女性はたくさん存在している。しかし、それを有効に活用している女性はほんの数人である・・・・

その女性達には同じような特徴がある。

①スカートを身に着けない。

②努力でなんとかなると思っている。

③女友達(仕事?)が同じようなタイプ。

これに該当しているはずである。これらに該当している女性はいらぬ苦労をしているのだ。全てに当てはまる女性もいるだろうが、どれかに当てはまるとそれは自分をよく知らないことである。

①のスカートを身に着けない女性は、本当に困った存在である。ましてはかなりの美人でいい女なのにまったくスカート姿を見せないのである。本当に困ったことに、自分の周りにはそういう女性がすごい多いのである。そういう人に限って頑張って商品の説明を事細かくしたり、仕事に一生懸命なのである。こちら側の論理からすると、商品などは実はどれも殆ど違いなんて無いのである。世の中は商品だけで決まるのでは決して無いのである。実は個人のパーソナリティが重要なのである。人間が介在する以上、かならずそうなるのである。

ある友人はこの①~③が全て当てはまる。男勝りな口調であるが、容姿はとても綺麗なのだ。しかし、まったくスカートなど持っていないのではないか?と思えるような女性である。誰かいい人いない?なんていってるが、まともなかっこうをしたら男なんてそれこそまとわり付いてくるだろうに・・・・馬鹿なんだかなんなんだか・・・・

ある友人は①と②が当てはまるのだが、その人はとても素晴しい旦那さんがいるのでグッドだが、仕事ではその才能が生かしきれてない。美人だから現場では和気藹々なのはその容姿と品のある性格のおかげである。それを本人は実は知らない。それが実は問題なのも本人は実は気づいていない・・・たぶんこれからも判らない・・・・・・

ある友人はいつも心配性。美人で何ヶ国語もあやつる才女なのだが、いまの今までスカート姿を見たことがない。まあ、その人は外人との仕事が殆どだから問題ないのか・・・・

昔、ある友人に現場にはスカートで行きなさいと指導したら、「すこしは違うは」といっていた。しかし、その超美人+スカートは絶大な効果なのである。建築現場など男の世界である。美人+スカートだけで現場の男はメロメロなのである。だから賢いインテリアデザイナーの男はプレゼンに美人な女性を横に置くのである。才能なんてみんな無いのである。演出が重要なのだ。そいつは巷で有名みたいだが、実はデザインよりもその演出が巧みなのだ。そこが差なのだ。だからもう過去になった有名だったインテリアデザイナーが女優と結婚するのだ。宣伝なんだよねぇ・・・でもね・・・マスメディアはもっとずるいからね・・・・・

前に某事務所の舌足らずの美人なおねーちゃんが若いのに優秀だって書いたことがあったが、そのねーちゃん、美人+スカートである。現場の男は負けるのである。敗北なのである。上手く才能を使っている。最強なのである。それにはどんなに頑張ったって勝てないのである。

某同業の有名な事務所のおねーちゃん。美人なのだが、まったくもって②の努力を信じている・・・・・努力なんて実はそれほど効果的ではないのだ・・・・・そのおねーちゃんも当然スカート姿は見たことが無い。まったくもってもったいないと思うのだが・・・・海外の行くのはいいことであるが、大切なことを失っては駄目なのである・・・・以外と回りは悪が多いのだよ。それも善人面したのがね。それは無意識だから余計に罪が深いのだ。馬鹿に処方箋は無いのである・・・悲しいことに本人は正しいと自分を信じている・・・・・だから努力しても駄目なのだ・・・・・話はずれたが・・・・

自分が管理する事務所に来るメーカーのおねーちゃんも美人が多いのだが、この業界、ほんと駄目だと思うのだが、まったくもってスカートではない。美人が多いのに・・・1社だけベッキー瓜二つの美人がスカートで来る。最強である。そりゃスペックしてしまうだろうに~以外と世の中カンタンなのである。

スカートが全てではない。しかし、女ってことが才能なのである。世の中の男はほとんど女にはかなわないのである。スカートはそれを明確に示す絶対的なアイテムなのである。今の10代20代のおねーちゃんは圧倒的である。そのカラクリがよく判っている。だからそれに相対する男の子も有望である。日本の将来は明るい。

やっぱり根本的に駄目な思想が②の「努力でなんとかなると思っている」である。これが一番の問題なのだ。この人達は今まで努力だけでなんとかしてきたという自負があるのだ。でも実は世の中そんなに単純ではないのだよ。申し訳ないが、誠に残念ながら、努力は重要ではないのだ。世の中はタイミングなのである。そのタイミングに乗れるかどうかなのである。自分の思うとおりになんかどうやってもならないものである。運よくそうなったら逆に地獄の一歩手前なのである。あの勝間なんだかっていう女性がこの頃、外見が重要だみたいな本を出したが、笑ってしまう。本質はそうなのである。いまになって少しづつ修正なのである。全てを手に入れることは出来ないのである。我々は神様ではない(もしも神が実在するのなら??ってか)才能が無くたってもタイミングが合えばそれで喰えるのが世の中なのだ。しかし、それを自分の才能というのは間違っているというよりも勘違いというよりも・・・・世の中はタイミングを掴んだ者にはやさしい・・・・それが生命のサイクルなのである。適者生存なのである。

話は逸れた?が・・・

その②の論理の女性は写真の撮られるのをすごく嫌う。若くてぴちぴちしてた時代だけが一番だというのか?それは我々中年のおっさんと同じ思考回路である。あなた方が一番毛嫌いする「おっさん」の論理なのだ。若い、ほんの一瞬だけが人生ではないのだよ。どの時代もいつも「自分」なのである。ある女性は還暦なのにいまでもひざ上のスカートである。すごくかっこいい女性である。その人は死ぬまでかっこいいと思う。それが重要なのである。なんかの本で、「女は男を尊敬したいのである・・・」とかの台詞があったが、それを全て返す。「世の男は女を尊敬しているのですよ」伊太利亜男がかっこいいのは間違いではないのだ。

男は女のために頑張るのである。それも一瞬ね。それをいつまで続けさせるのかは女の度量である。古今東西、男は女にはかなわない。それだけは事実である。

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2010年1月22日 (金)

小沢氏vs検察の本質

今、大騒ぎの小沢氏vs検察の構図の本質は実は新聞やTVではなくネットに存在する。

http://news.livedoor.com/article/detail/4543253/佐藤優の眼光紙背:第66回

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-9b60.html悪徳ペンタゴンが小沢一郎氏を攻撃し続ける訳

http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/神州の泉

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/きっこのブログ

http://minnie111.blog40.fc2.com/カナダで日本語

昔は新聞しかなかったので、大本営発表でこの国の人々はみんな騙された。しかし、文明の進化により馬鹿新聞に騙されない層も出てきたのだ。とにかく新聞の購読はやめよう。

いやー 面白い時代である。

今は金の時代なんだから、性善説なんて止めて、検察とか官僚の給与を今の3倍くらいにして、それで発言や氏名を発表すべきである。中途半端な給与だから駄目なのだ。ギャンブルみたく上手くいかせれば高額な給与が続く。失敗したらクビ。それぐらいでもいいのである。今の給与が中途半端なのである。性善説に基づくならばもっと薄給でなくてはならないのだ。これが給与のパラドックスなのであるが・・・・政治家と官僚は中途半端な金しかもらってないから仕事も中途半端なのである。ぐんと下げれば、だれもやりたくないだろう。思想、理想しか意味が無くなる。

やっぱ、報酬は下がるしか道はないだろう。なぜならば、報酬が高い組織がいま崩壊してきているからである。とうのむかしに右肩上がりの時代は去ったのである。金もらっても使い方を知らない人ばかりなんだし、今の時代、使い道もないだろう。

無駄なお金は節約すべきである。だから新聞は全て止めよう。どうせ会社で取ってるだろうから、どうしても洗脳されたいMなのならそれを読むべし。でも世の中のために新聞社のお金を貢ぐことはすぐにでも止めるべし。そんな金があるのなら、ブックオフで1冊105円の本をたらふく読むべし。

それですこしはわかるから。

土地はこれからも値下がりするから、マンションなんて間違っても買ってはいけない!

株も今はそこそこだけど、これから下がるから。今のうちに売るべし!

話は大幅にずれたが・・・

いずれにしろ、政治なんんて悪でしかないのだ。検察が正義なんてちゃんちゃらおかしい。やや悪である。しかし、一番の超最悪はいわずと知れた新聞社なのである。先の戦争の戦犯は東條ではない。新聞社なのである。そこにお金を貢ぐのは愚である。

ここでみんなががさっと新聞を買うのを止めたら、馬鹿な新聞社でも気が付くとは思うんだけどね・・・・・みんな癖になってるからね・・・・煙草と同じ・・・・・・

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2010年1月21日 (木)

しょんべん横丁

  昨日、大魔人の会社での展示会が中野であった。なんでこんな辺鄙なところで・・・中野駅からかなり遠いのである。なんか同じ日、中野サンプラザで照明協会の会合があったらしく、それで気を使って近くの場所に展示したそうである。新製品はとても優れものであったのだが、会場の換気がいま三つで、演出照明のスモークにやられてしまった。

その後はいつもの当たり前の一杯である。初めて西武新宿線という黄色い電車に乗り、新宿へ向かう。そこで久しぶりの「しょんべん横丁」と相成った。

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店は2階立てで、あいかわらず古いがいつも混んでいる。数年前、あのイタリアに行ってたサッカー選手の兄をこの店に連れてきたことがある。彼の弟もこういう店で飲みたいだろうが、それは無理である。有名人というのはかわいそうなものである。

この店の名前は「宝来屋」というのだが、基本は焼き鳥屋である。そのほかに定番のポテトサラダや内臓の和えた物とか、簡単で早いメニューである。

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あとはサワーとかホッピーも定番であるのだが、トマトサワーとかへんな飲み物がある。芸能人らしきサインも壁に飾られてあり、けっこう有名なお店なのだ。

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この宝来屋にかれこれ20年以上も通ってる大魔人が軽やかに注文する。定番のポテトサラダ、子袋の和え物、それになんだかよく判らない野菜。そうしてここのオススメはなんたって、「脂の焼き鳥」である。牛の頭部分の脂を焼き鳥にしたものである。中年のメタボリックには「毒」以外の何物でもないのであるが、これが実に美味いのだ。だからといって2本は食べてはいけないのである。若い人でもたくさん食べればにきびになってしまう。年寄りは吹き出物になる。

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心なしか焼き鳥がすこし大型になっていた。その分、単価も値上げされていた。それでも十分にリーズナブルなのではあるが・・・ただ、ここはすぐに混雑するので、2時間程度で席を立たなければならないのだ・・・・中国人?の店員がぶつぶつ言うのを無視して居座ったのだが、あまり居座ると悪い、十分に宝来屋を堪能したので店を後にした。

しょんべん横丁「宝来屋」是非とも試してみてほしい。

その後、大魔人が知ってるバーに繰り出す。中年のおっさん4人でバーってのもかなりしけてる・・・・すっかり酔っ払い、帰りはタクシー・・・・・次の日の今日、午前中は廃人であった・・・・・

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2010年1月19日 (火)

ブログのアクセス

このpapuanewのブログ、2006年3月1日から始めて、約4年でようやくアクセス数が7777を超えた。だいたい1日あたり9件くらいのアクセスである。この飽きっぽい自分がなんだかんだで4年近くも続けているのも不思議なものだ。殆ど知り合いしかこのブログにアクセスしてはいない。すごいマイナーなブログなのである。事務所のHPにもブログ記事を書いているが、そちらは業務用なのでアクセスも多いが、このブログみたく毎日のように記事をアップしていない。それでもアクセス数は違う。業務用だからだろうか・・・

今日、メーカーのおねえさんが事務所を訪ねてきて、ブログ、見てますよ!面白いです!っていうから、あれ・・・Papuanewブログ教えたっけ???と考えたが、事務所のブログのことっだったらしい。このブログはシークレットなので、誰にでも、カンタンには教えていない。誰もが知ってしまうと、過激なことが書きづらくなってしまうからなのである。だから身近な信頼をしている人だけにしかこのブログのことは秘密にしているのである。それでもエロサイトからの攻撃は受けるのであるが・・・・・

有名なブログは一日のアクセスがなんと1万件を越えるのだ。でもそこまでになってしまうと、炎上するだろうし、ブログアップが義務になってしまうだろうし。。。。一文の得にもならないブログがかえって面倒なことになってしまう。ましてやこのブログにはメッセージ性もないのである。ただ個人のおっさんの戯言でしかない。マイナーというのは楽しいのであーる。

それにしてもくだらない内容のブログである。読んだ本のこととか、食べた話とか、多少政治の話とか・・・それくらいしか書いてない。いつまで続けるのか、続くのかも判らない。

まあ、所詮、戯言なのであるから、どうでもよいのである。先のことなど判らないのであーる。

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2010年1月18日 (月)

X-JAPANのTOSHIに想う

今、X-JAPANのTOSHIの離婚のニュースがネットを賑わしている。以前はなんか宗教に嵌ったようなことで物議を醸し出していたのだが・・・・実はTOSHIやYOSHIKI、KONISHIKIや今、西武に戻った工藤はこのブログの管理人と同じ年齢である。

今、このブログの読者から、「うっそー!!!」という叫びが聴こえそうである。事実なのである。昔はこれでも童顔だったのだが、ここ10年で恐ろしいほどに老けたのである。驚いた人、笑った人。明日はわが身であるのだよ。ふふふふ。

それにしても、このTOSHIという人、いい人なんだか盆暗なんだか・・・・だいたい10年も別居して夫婦生活ってなもんでもないだろうに。それで嫁さんは他の男と同居しているってんだからびっくりである。まあ、よくあるパターンの有名人の広告塔だったってことだ。以外に有名人は素直でよいひとが多いものである。若い馬鹿なじゃりタレは違うが・・・・。たぶんTOSHIさんは、自分が思うよりも有名になってしまい心のバランスが崩れたんだろう。そこへ悪魔が現れたんだろうな。

女は怖い・・・その怖い女の背後には悪魔の男がいるもんだ。これはセオリーなのである。

まあ、この人、10年以上も回り道したのは正解だったと後から思うだろうね。。あまりにでかい成功をしてしまうと、回りが放っておかないから、よけいに始末が悪くなる。まともな人はそれでおかしくなるのだろう。

一度、自分よりも超えた成功??してしまうと悲惨である。とくに友人のYOSHIKIという人はそんな繊細ではないだろうから(繊細ならとっくに潰れてる)どしどし勝負を繰り返す。そうしたらボーカルというフロントマンのTOSHIさんは悲惨である。彼はYOSHIKIさんの女房みたいなものなのかもしれないな。もう死ぬまで良しにつけ悪しにつけ騒がれるのであろう。それが嫌で逃げていたのに、それを救おうと寄ってきた人間も悪魔だったのだろう。可哀想な人である。根本的に優しい教育をされてきた人なのだろう。母親が愛情たっぷりだったのかもしれない。それを嫁さんに求めたから、それも彼を金ずるとしか思ってない鬼嫁に(たぶん彼女はXのTOSHIに惚れたのだろう。しかし実際のTOSHIは普通のか弱き男だったのだ。それでがっかりした彼女は悪の男に相談し、身を委ねたのであろう。大体、芸能人という恐ろしく自意識過剰な人間と結婚して普通の生活が出来るなんて幻想を描くことが盆暗なのであるが・・・・)かなり彼は辛かっただろうね。ロックバンドのボーカルながらいい人なんだから。たぶんであるが、彼は性格的に受身なんだろうね。だからYOSHIKIさんとは合うのだし、それだらか逃れられないところもあるのだろう。とにかく数年、X-JAPANに戻って、稼いで借金返して、今度はもっと斜めに回りを見て、よい女性を見つけるべきである。99%の人が当たらないのであるが、その当たった1%の人はそのぶん凄いが反作用もでかいのである。

仕事柄、有名人っていわれる人の自宅とか頼まれることもあるのだが、全て断る。それは本人は以外とよい人なのだが、だいたい回りの人間が殆ど悪魔だからだ。悪い人間ではない。悪魔なのだ。だから儲からないし、面倒だし。断るに限るのである。

仕事もそうだが、人生も歩留まりってのは難しいものだ。

やはい鈍いというのは一つの才能なのは間違いない!

PS:今日、判ったのだが、TOSHI、YOSHIKIは 自分の2歳年下であった。ここに訂正を報告する。それにしてもたった2歳の違いであるのだが、違うものである・・・・・・・老けには抗ってもかなわない・・・・

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すごい小沢一郎への攻撃 TVや新聞は貧乏人の娯楽だ

TVや新聞は見ない。何故ならそれは貧乏人の娯楽だからだ。金の多寡ではない。昔TV関係の仕事もしていたので、特にそう思うのだ。TVコマーシャルも作ったこともある。そこに文化など無いのである。たかだかビートたけしくらいの盆暗野郎が君臨する世界である。貧乏臭いのである。

今、小沢一郎への攻撃が凄まじい。常軌を逸している。戦中の情報統制をまた繰り返している。これはメディアと旧特権階級の恐ろしい、公共の機関を使ったファシズムである。あれだけ先の戦争への嫌悪感を示す田原総一郎氏がその片棒を担ぐのは面白い。所詮、人間は誰でも金と名誉で動くものなのである。まあ、それだけ貧乏人ってことだ。

まあ、これだけ、知能が低いお勉強だけしかとりえが無い、理想主義者が売春防止法や暴対法など、悪法をよかれと通してしまったからである。きれいな水には魚は棲めないのである。

TVや新聞などのメディアの社員は、お坊ちゃん、お嬢ちゃんしかいなだろう。世の中の掟を知らない連中である。理想主義=原理主義なのである。原理主義は理論的には素晴しいのかもしれないが、ナチズムとどこが違うのだろうか???上辺だけなら同じなのである。

小沢一郎への攻撃も同じである。くだらない・・・・本当にくだらない・・・・貧乏人は本当に他人を羨むし、やっかむのである。

その昔、60年安保や東大闘争をした人はどこえいったのかな?結局は思想なんて持ってなかった子供達だったんだろう?あの馬鹿な行為のおかげで、どれだけこの国の教育機関が酷くなったのか。反省をするのが大人の年齢になった馬鹿なお前らの責任なのだ。そんな馬鹿がガキを産みやがって不幸と馬鹿の再生産なのである。だから小子化????かなりこじつけか(笑)

ソニーも今では騙してガキから金を取るような盆暗企業に成り下がった・・・・もういらない会社だな。いつからこの国の大人は心まで貧乏になってしまったのであろうか?

健康のためにジョギングして、アンチエイジングで、いつまでも若く、それで美味しいものとパーティーが幸せ・・・・すべて欧米の論理かよ。それならば外人になれよ。この国に住む必要はないのである。外国で暮らせ。日本はおかしいとか休みがないとか文句ばっかり。誰も止めないから早く外国へ出て行けよ。なんかそういう奴ら見てると、マイケルジャクソンとだぶるんだよ。肌を白くして整形までして白人になろうとして壊れたマイケルジャクソンみたいなんだよなぁ・・・・・。外人になりたかったらなればいい。祖国がない人って実は可哀想なのである。たかだか7~80年の寿命よりも歴史は脈々と長いのである。個人の浅はかな知恵など、まるっきりかなわないのである。

まあ、話を戻すが、これで小沢を倒したとして、次は誰が勝つのだか?平沼グループか?ありえないだろう。歴史の歯車は逆にはならないのである。今回、仮に小沢が倒れても歴史は繰り返す。田中が倒れても小沢が出てきた。それと同じことが繰り返すだろう。亜米利加はそれをよく知っているから石川議員を不当逮捕という暴挙に出たのだ。検察は堅物だから騙しやすいのであろう。あの逮捕された元検察の森田さんの本を読めばよく判る。かれも真面目すぎたのである。世の中は金と女で動くのですよ。だから中国では宦官というシステムを作ったのですね。4000年の歴史はすごいのである。

メディアを知るには、一度、広告主になることをオススメする。そうしたらすこしは世の中のことがわかるだろう。金(身銭)という授業料を払わないと知識とは得られないものなのである。小沢の金を追求しているヤツラが金でうごめいているということだ。すべては貧乏人の近視眼的な嫉妬と幾ばくかの金である。

日本は経済的には豊かになったというが、言葉を歪曲したり失ったりしたために劣化した。メディアなんて言葉を使うからおかしいのである。新聞屋=かわら版屋である。ゲンダイや週刊誌と新聞はまったく変わらない。大新聞と週刊誌は同じである。いや逆に大新聞のほうが劣悪である。金を払ってはいけない。馬鹿に金を払うのは大馬鹿である。民放はタダである。タダより高いものはないのである。TVは企業がお金を払って視聴者という馬鹿の物を売りつけるために存在しているのである。もうそれでも物なんて売れないのにね。。。TVたメディアは風評以外の何物でもないのだが、風評で逮捕されたことはない。これはおかしいことである。たしかホリエモンって馬鹿もたしか風評で捕まったはずだな。そりゃTVを攻めたからだ。(しかし、時代は金が万能の時代から既に動いているということである。あと10年で確実に変わっているだろう)

さあ、夏の参議院選は見ものである。亜米利加+メディア+既得権益が勝つか?時代の流れが勝つか?一般大衆はいつも勝てないけど(笑)これで自民党の救世主でも現れたら変わるだろうけど、無理だろう。今の状態で立ち直っても昔に戻ってしまう。一度潰れて浄化すべきである。そうしたら再生できるであろう。

まあ、人間の歴史は戦いなのだ。生命を喰って生きるから生命体なのである。哲学より必要なのは「真理」なのである。

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2010年1月16日 (土)

最近読んだ本 31

日本辺境論 内田 樹 著 新潮新書 ¥740-

これはちょっとびっくりの本ですね。日本人の特性をここまで露に的確に表現した本は無いのではないでしょうか?日本人は辺境の国の人間なので、他の国をきょろきょろして、それで自分達と違うところに反応して、それを受け入れる。まさにそうなのである。それが長い歴史で我々の潜在意識の中に存在しているのである。外国のものを受け入れて成功し、それで自分達だけで考えると失敗して・・・・・・そんな特性を持っているのである。それがこの本の趣旨である。これは是非とも多くの日本人に読んでほしい。オススメである。

スピリチュアルにハマる人、ハマらない人 香山リカ著 幻冬舎新書 ¥720-

自分も前世などはまったく信用しないが、今、大ブームのスピリチュアルを、ブームの真相を明確に解き明かしている。この本もなかなか面白い。現代のスピリチュアルにハマる女性が、実は心の自己防衛みたいなものだということがよくわかる。買って読んで損はない。オススメである。

老後がこわい 香山リカ著 講談社現代新書 ¥700-

著者の香山さんも独身で、老後を心配している。自分も独身で一人暮しなので、この恐怖とか心配はよく判る。人間、健康も良いが、長生きし過ぎると、逆につらいことも多くなる。人間、程ほどがよいのである。今は健康ブームだが、今後それは廃れるのは眼に見えている。タバコなんて止めて長生きしたって逆に不幸になる可能性も大きいのである。21世紀はかなり意識は変わってくるのと考えられる。そんなことを感じられる一冊である。ただ暗い内容なので、心を冷静に保てる自信があるのであればオススメであるが、そうじゃない人は読まないほうがいい。

技術で生きる!1人1億円売り上げる経営 岡野雅行、松浦元男 共著 ビジネス社 ¥1500-

これはすごい本である。普通、本の良い部分は2~3行といものだが、この本はそれが非常に多い。ビジネス本で題名も「技術で生きる!」っていうものだから、普通のおっさんが読むビジネス本と思ってしまうが、とんでもない。この本はおっさんだけに読ますにはあまりにももったいない。あらゆる女性、男性に読んでもらいたい。この一冊で、今の世の中のことを把握できるだろう。それで今後の世の中の展開もある程度知ることができるであろう。特に松浦さんのは非常によく勉強されており、世の中の流れを簡単に明確に書かれている。新聞や本を読んでいない人でも、この文章で世の中が判る。素晴らしい本である。この本は見つけたら必ず買って読むべし!超々、オススメ!!

運命の法則 天外○朗 (○=人へンに司) 飛鳥新社 ¥1400-

ソニーの人で、あのCD(コンパクトディスク)を作り、AIBOなどの発明をした有名な人Nオ著作である。以前、著者と神田昌典氏とのインタビューCDhttp://www.kandamasanori.com/t-audio.phpで聴いたことがあるのだが、それを文字にしたものである。なんというか不思議な内容である。インタビューCDよりも内容は判りやすい。何故ソニーがあれだけの大企業になったのかも、なんとなくこの本で判るような気がする。興味があれば・・・・アラフォーの女性にはオススメである。

県民性でわかる相性のいい奴悪い奴 矢野新一著 あ・うん ¥1200-

自分は北海道出身である。同じ日本人なのだが、内地や四国、九州人とはかなり感覚が違う。東京に来て10年以上になるが、その感覚は変わらない。この本はその県民性の相性を具体的に羅列したものである。これがどれだけの調査を施したものかわ判らないのであるが・・・まあ血液型と同じくらいに思えばいいのであるが・・・。今までいろんな人と会ったり付き合ったりしたが、たしかに千葉県、東京都、埼玉、神奈川の人は相性がすこぶるよかった。九州の長崎、博多も相性は抜群であった。熊本は最悪。熊本のよい思い出は無い。茨城もあまり相性は良くなかった。神戸はとても相性が良かった。えっ、この本、当てはまってるのか???以外にヤバイ本かもしれない。

ちなみに北海道の相性◎県は 北海道、秋田、群馬、埼玉、千葉、神奈川、東京、静岡、福岡、沖縄だそうだ。以外と多いものである。×な県は 石川、長野、愛知、島根、岡山だそうだ。愛知県は友人がいるがその他の県は友人はいない。

東京都の人(実は地方の人が多いので少ないのだ)は意外に苦手は少ないみたいだが、石川、福井、愛知、京都、奈良、岡山と実は多かった。

まあ、地方出身者の自分から見ると、県民性はけっこうあると思う。たしかに同じ北海道出身の人には安心感があり、一緒にいても楽である。

でも、自分は北海道出身だが、おかんは北海道で、その父親は石川県で、母親は土佐の武士の子供である。おとんは青森県、父方はずっと昔から青森県弘前市で母親は華族出身である。それも考慮しなくてはならないのだろうけど、そんなこといちいち調べてられない。

話の種には面白い本であろう。ブックオフで安価に見つけたら買いであろう。楽しめるのは間違いない。

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2010年1月13日 (水)

不幸になるやつ

昨日、友人からメールが来て、何年か前、その友人の会社に無理をいって入れてもらったやつが、その友人に理由も言わないままに退社したそうだ。所詮、金か女のトラブルであろう。こういうバカは不幸一直線である。世の中は所詮、人と人の縁で成り立っているのである。礼節を重んじないと上手に生きていくことは不可能なのだ。まあ、他人を矯正したり、教育するなんて、身内でさへも難しいのに、他人なんて無理なのである。判るヤツは、教育なんてしなくても自分で答えを見つけ出すものだ。利口な人はいつも相対的に他人と比べるとかの眼を持っているのだが、盆暗はそれができないのである。

だいたいが、30歳を超えると、人間、変われないものなのだ。20歳台で基本を作っておかないとダメなのである。それは仕事の技量なんかではない。対人間関係の構築の仕方を体で覚えてにとダメなのだ。仕事などは日々切磋琢磨で、それは仕事をしている間は当然のことで呼吸しているようなものなのである。技量の切磋琢磨はこれでよいということはないのである。だから企業は30歳未満しか取らないのである。30歳を過ぎたらもう矯正や教育なんて無理だからなのである。仕事の仕方などはいくつになっても覚えることは可能であるが、根本的なことは若い時しかその土壌を耕せないのである。

皆、仕事の技量をアップすることにしか興味を持たないが、実はそれは逆なのである。

世の中、甘くないのである。

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善人は善人ではない もっともらしい嘘

今日、山手線の帰り、隣の男女が声が大きいので、お話を嫌でも聞いてしまった。大学生なのだろうか・・・就職と年収のお話だ。最初は年収240万から始まったのであるが・・・・おねえさん曰く、「お兄さん、年収が860万、と500万の会社、どっちにするか悩んでるらしい・・・・500万は誰でも知ってる有名な会社。860万は誰も知らないけど、年収は高いし、やりがいがあるみたい・・・」その彼氏だと思う男の子。「自分は安定を望むな・・・年収500万でもあれば十分だろう」おねえさん「でもやりがいがあるんだよ!それで年収860万だよ・・」男の子、突然おねえさんの手を握りだしながら「月60万か・・・」そんな反応しか出来ない・・・・・同じくらいの年齢ならば、女の子のほうがすっごく大人である。おねえさんのお話は創作である。そんな新卒で年収860万なんてありえない。それが判らない男の子もボケナスであるが、おねえさんは男の子を試したのである。ここは「すこし待てば、860万どころか3000万、いや、一億だ!」なんて嘘でもいってほしかったのだろう。男の子、盆暗な顔だから駄目男である。無能は顔に出るのだ。バカは一生治らない。利口にはなれないのである。これ大事。繰り返す。バカは利口にはなれない。努力は無駄である。理由は自分のバカさ加減を知らないからである。まあ、そんな毒にもならないたわいの無い会話の盗み聞きである。おねえさんと男の子はあとすこしで離れるであろう。価値観の違いは埋め合わせることはできないからである。このまま進むと不幸が待っているのである。しかしおねえさんは賢いので回避するのは間違いない。男の子は2ランクくらい下でおねえさんにはまったくもって合わない。それも青春である・・・

以下は善人の会話・・・・

「へー、海外で就職できるなんて運がいい・・・それならばそのまま、そこで頑張ればいい。それは幸運だよ」(お前さー・・・そうしたら自分でやればよかったじゃねえか。できるんだったらやってみせろよボケナス。だからお前は無能なんだよ。自分で出来ないことを人に押し付けるな)

「今、○本は不景気で、帰ってきたって仕事ないよ」(そりゃないだろう。お勉強だけしたって仕事なんてできるわけないだろう。30歳超えて帰ってきたって、通訳しか仕事はないのだよ。そこまで理解して発言しろ!ボケ!)

だいたいがさー、善人?がいっちょ前にいってる言葉って薄いんだよね。それをまともに聞くバカもバカである。自分の糧もとってこれないヤツがなにをいってるんだよ・・・ましてやそんなバカは頭悪すぎるから敬語も丁寧語も満足に使えないし、世の中のしきたりもわからない。それを「馬鹿」っていうのだよ。うわべだけの言葉じゃだめなんだよ。アマチュアはいつまでもアマチュアなんだ。何度もいうが、馬鹿は敬語も使えないし(本当の意味で)敬うってロジックもわからないくらい馬鹿だし。使い物にならない。

言葉はいつでも嘘は言えるのだ。(本も大部分は嘘なのだ。だからぜんぶ読む必要はないのである。一行だけでいい・・・・話はそれたが、しかし、行動には嘘はつけないのだ。だから、それを観察するからその人の能力や未来を推測できるのだよ。行動には嘘はつけないんだよね。そこまで嘘で隠せるほどの利口なやつはなかなかお目にはかかれない。)

しまいにゃ・・・1を言って10をが判らないと駄目なのに答えを聞いてくるボケナス。まったく信じられない。バカは独立するな。社会悪である。無能は無能でしかないのである。設問さへわからないバカが答えを理解できるはずがないのである。

だいたいが、てめーが出来ないことを他人にもっともらしく、ふかして話すなよ。無能なんだよ。それが現実だろう。生意気に有能なふりするな。

なんかさー、なにもできないヤツに限って、評論家かよってくらいすごい言葉を発するんだけど・・・・あんた善人か?????この意味わかるか???

悪気が無い・・・それは罪なんだよ。悪気が無い=馬鹿ってことなんだ。悪気があったほうがずっとよい。そのほうが実は悪気が無いのである。善人って、まったくもって善人ではないのである。裏に鋭い刃があるのだ。それを判らないから罪が深いのである。

ああー愚痴になりました・・・

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2010年1月11日 (月)

カメラの清掃

デジタル一眼レフカメラは、レンズ交換するときにどうしても埃が混入してしまう。それがやっかいなことに、映像素子のローパスフィルターに付着してしまうのである。

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レンズをそれほど絞らなければ気にならないのであるが、建築写真はある程度絞りを入れるので、時に埃が写りこんでしまうことがあるのだ。以前、それで大失敗をやらかしたことがあるので、年に一回は清掃に出しているのである。ニコンのサービスセンターに持ち込めば、えらい安価な金額で綺麗に清掃してくれる。超オススメである。今回は3台も持ち込んだのだが、ソフトウエアのファームアップも無償でしてくれるし、さすが世界のニコンである!http://www.nikon-image.com/jpn/support/showroom/servicecenter/shinjuku/index.htm

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1台の清掃でだいたい120分ほどの時間が必要である。金額はなんと¥1000-である。それで機能チェックは無料だ。素晴らしいにも程がある!サービスセンターには最新のニコンのカメラが展示されているので、いくらでも触って楽しむことが可能だ。高層ビルの28階なので、非常に見晴らしが良い。

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今回は3台だったんで、約3時間ほど時間がかかったので、久しぶりに新宿の街をぶらぶらした。それにしても、カメラ内部がクリーンになるのはすこぶる気分がよろしい!自分で清掃できるクリーニングキットも¥8000-くらいで売っているのだが、¥1000-ならばプロにやってもらったほうが安心で間違いない。年に一度~二度で十分である。自分のカメラの映像素子に埃が乗っているかどうかをチェックするには、レンズを思いっきり絞り込んで、白いものを撮影したらばすぐに判ります。是非とも試してほしい。

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相変わらず新宿は人が多い。ましてや今日は成人式だったらしく、振袖のおねえさまがたくさん!!!孫にも衣装である。今日からは大手を振って飲めるのだから、今夜はたくさん飲むんだろうな・・・

昨日は秋葉原に偵察にいったのだが、ソフマップでなんとカメラの部品が¥50-。i-podのカバーが¥100-。デフレである。たった¥150-しか使わなかった。それでも丁寧に袋に入れてくれた。

恐るべしデフレ日本である。

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2010年1月 9日 (土)

あたまのいい人 オーラがある人

今まで、ホント、多くの人に会ってきた。そんな中でも強烈な記憶に残るような人がいるものである。今、やってる現場の定例会議(施主、設計者、施工者が一同に集まってする会議)に出席した施主はすこぶる頭が良いオーラを発している。ホント、オーラが見えるのである。それだけ毛並みも良くて頭脳は最高っていう雰囲気なのだ。お話をしてもそれはびんびんに感じる。恐るべしIQの持ち主なのであろう。他の人間達とはまったく雰囲気が違うのである。今まで、ほんとにたくさんの会議に出てきたのだが、こんなオーラを持つ施主集団はなかなかいないであろう。東大出や6大学出だけな施主の会議でもこんなオーラはなかった。霞ヶ関の100%東大出のそれも上位卒業の人達にもこんなオーラがなかった。一流の会社のラウンジであるから、それはすごい重要なのだろう。だからそんな最高の人材を配置しているのであろう。恐るべし某企業である。仕事が仕事だけに、ゼネコンの担当者もすこぶる良い人材の目白押しなのであるが、それを上回るほどのオーラなのである。

その中でも強烈なオーラを発している人がいた。その人はたぶん、数年後、かなり上層部にまで上り詰めるであろう。上に行く人てっのは、能力だけでなく、運というか、人とは違う力が絶対に必要なのである。今まで有名人とかもいっぱい会ったけど、そんなオーラを持つ人はなかなかいないものである。有名人でも以外と普通の人が多いものだ。小林幸子はオーラがあったな。

世の中、いろんな人がいるもんだ。だから楽しいのである。

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2010年1月 8日 (金)

今日は友人「Y」の誕生日

今日は友人「Y」の誕生日だったんだが、「ぷ」と私は、「Y」を祝うでもなく、いつもの店で飲んだくれていた。天然の「ぷ」はまったくもって、そんなことは頭にはない。

「Y」は友人なのだが、実は今まで、仕事で絡んだことがなかったのだ。今回初めて同じ仕事で絡んでいる。しかし、仕事内容があまりに違うので、打ち合わせでも顔を合わしたことがない。実にそれが助かる。顔を合わしてしまうと、互いに笑ってしまって、たぶん仕事にはならないだろう。関係者はその間柄を誰も知らない(笑)面倒だから誰にも言わない。こっちはこっちで勝手に戦う。そして弱いものいじめをする。自分は実に嫌な人間である。いじめの対象は友人「Y」の会社の人間であるが、致し方ない。「Y」には一応、仁義で事の成り行きを説明して承認をもらっている。だから多めに見てもらっているのである。

ある現場で「ぷ」も今日はいじめの爆撃をしていた。その現場の設計責任者で、当日、司会をやってた盆暗に対し、それもピンポイントでいじめ爆撃・・・施主がいるその前で盆暗殲滅状態である。さすが「ぷ」である!。それを見ていたとてもスーパーゼネコンのとっても賢い人は大笑い。大うけしてた。その人曰く「手前(その盆暗に対し)一人よがりに勝手なことばかり言ってんじゃねえよねぇ!って思ってたんだよね」って。それから皆で大笑いをしたのはいうまでもない。実はプロは団結するのである。言葉が同じなので通じるのである。

だから「Y」とは先の現場では一度も顔を合わせていないのだが、メールだけで状況把握である。細かい説明は必要ないのである。互いの被害報告で全てがわかるのである。

今日は「ぷ」の現場で打ち合わせ(いじめ?)をしていたときに「Y」の絡んでいる現場で、その「Y」の会社の人から緊急の連絡。「至急、携帯に連絡がほしい」・・・との伝言。しかし、そいつは頭が足りないから、自分の携帯番号も伝言に残さない・・・お前さー友人でないんだから、お前の携帯の番号なんて、知らないんだよ・・・その日はなんか予感がしたので、たまたまそいつの名刺を持っていたので、携帯の番号が判ったのでるが・・・そいつはまったく仕事が下手なのである。電話したら、実にくだらない質問であった。こっちのスキーム外の図面を仕方が無いから描いてやったのに、それさへも理解できなくて質問である・・・・設備設計の施工者までも理解してなかったのにはさすがに閉口した。お前ら、金払えよ。まったく・・・・・てな愚痴をいいたくなる。当然、いじめの対象にさせていただくのである。

一昨日は新年会大変だったので(「ぷ」も年末の小旅行の疲れがまだ抜けなく、昨日は新年会で朝まで飲んだらしい・・・かなり疲れていた・・・)今日は「Y」の誕生日だったからなのか、「ぷ」も私も攻撃的な一日であった。

「Y」よ 誕生日、おめでとう!

まったくもって、プライベートな内容のブログだな・・・・・

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2010年1月 7日 (木)

泣きっ面に蜂

年に何回かはこういう時があるものだ。それは今年、第一回目の新年会にやってきた。その日は寝違えたので背中から頸が痛い・・・・とてもブルーな一日の始まりであった・・・・

主賓が30分遅れ・・・・・・それで連れてきた連中が・・・・・とにかく相性の悪い、現場でいつも関係ないのにもめる商売の奴らである。はっきりいって大嫌いな奴らである。それに輪を掛けて最悪な、初対面なのに、人の娑婆で大騒ぎ・・・・・・こっちが客の立場であれば、その場をさっと去れるのだが、なんたってこちらは自分の娑婆であるから帰ることができないのである・・・・・5分が60分に思える拷問であった。。。出来ることならば二度と会いたくない。まったく面白くないくだらない会話、「くだらねえお前の背景など聞きたくもねえんだよ!」と愛想笑いをしながら心の中で叫ぶ・・・・・それが延々と続くのである・・・・正に拷問なのである。

だいたいが、人の主催で宴を自分の娑婆でやると、ろくなことがない。良い思いをした試しがないのである。魂が抜かれそうになる。できるだけ避けるようにしているのであるが・・・・人が不幸を運んでくることも多々あるのである・・・・・

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2010年1月 4日 (月)

年賀状

正月空け、皆さんの所にもたくさんの年賀状が届いたであろう。いつも何も考えずに出して、もらっている、この年賀状、実は恐ろしい力を持っているのである。年賀状を見ると、その差出人の心、状況がよく判るのである。何をしたいのか?なにを隠したいのか?あるいは突然来なくなったり・・・・・。

今までカラーでとても凝っていた年賀状が突然に既製品になったりしたら要注意である。カラーから白黒になっても要注意。一般家庭であれば、家庭内不和、あるいは経済的な困窮の可能性がある。離婚寸前の家庭では、だいたい年末にヤバイことが多い。そんなときには、年賀状どころではないのである。今まで子供の写真の年賀状だったのが、突然名前だけになったりするのも要注意である。年賀状というものは、自分に余裕がないと凝ったものは出来ないのである。運気のバロメーターともいえるのである。勢いがある人は年賀状も勢いがあるのだ。

今年に入って、生まれ故郷からの年賀状がぐっと減った。今まで何十年も年賀状だけはやり取りしていたのであるが、激減した。これも仕方が無いことである。相対的に事務所へ来る年賀状が増えている。もう、すっかり北海道の人間ではなく、事務所の管理人っていうことなのだろう。

それにしても年賀状は面白い。名前が変わっていたり増えたり、減ったりする(笑)友人から突然、個人からの年賀状が届いた。名前が増えていた。前の同居人は苗字が違ったまま10年そのままだったが、今回の年賀状は名前は前とはまったく明らかに違うのであるが・・・・・今回は苗字は同じになっていた・・・・人間・・・・・業が深い・・・・・・人間関係というものは、それこそ、あっという間に変化するものである。

ある友人はここ10年の間に、どれだけ隣の名前が変わったのだろうか・・・・一時期はすごい名前の羅列であったのだが、今は二人になった。ここ3~4年はそのままなので、ようやく落ち着いたのであろう・・・・そいつは年賀状が毎年のように変化してた。一時期は家族の写真だったのが、白黒で一人の名前になり、翌年は名前が増えてたり、その次の年には違う名前が隣にあったりと・・・激動な人生なんだろう(笑)

この年にまでなってくると、年賀状は生きているぞ!!!っていうメッセージカードともいえるであろう。年賀状が届く間は生存してるということである。

年賀状というものは、実に奥が深いものなのである。くれぐれもないがしろにはしてはいけないのである。

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2010年1月 3日 (日)

犬夜叉

この三が日、漫画を見ていた。犬夜叉という、「うる星☆やつら」で有名な高橋留美子の作品である。「うる星☆やつら」と高橋留美子は、昔々、友人の日本人なのにアイルトン・セナに似ていてそれでいて頭も良かったのだが、ラムちゃんに恋してしまって、まるで某宮崎みたくビデオと漫画に囲まれていた「つかどん」から教えてもらったのだ。よく見る、「きっこのブログ」で犬夜叉が面白いみたいなお話があったので、中年のおっさんが少年サンデーの漫画ってのも恥ずかしいのだが、興味が沸いたので見てみた次第である。ちなみに漫画は読むではなく絵を見るものである。映画やドラマを読むとは言わない。それと同じである。漫画は見るものなのである。絵がストーリーであり、ドラマなのである。

全56巻であった・・・・こんなに長編だとは知らなかった・・・・なんとドラゴンボールより長いのである・・・・・1日あたり5~6時間・・・・・最終日の今日は近所の漫画喫茶に於いて、4時間30分で40~56巻を見た・・・・フィニッシュである・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

それにしても面白かった。さすが高橋留美子である。キャラが立っている。最後に仲間を集めて戦うところはまるでドラゴンボールと同じであるが、これは多分に編集者の意向であろう。

それにしても、高橋留美子の漫画は全て根底は女と男の色恋のお話である。それも女目線のである。

犬夜叉という物語は、カンタンに言うと、桔梗という、とても美しくて素晴しくて、それで誰もが手に入れられない女を全ての男が奪い合い戦う、女の理想の物語である。「めぞん一刻」という同作家漫画のすれ違いの美学を昇華したようなものである。巫女としたのが、また誰もが近づけないというキャラクターの成り立ちによく合致するのである。たぶん、主人公よりもこの「桔梗」というのが凄い人気だったのではないだろうか?映画もドラマもそうであるが、主人公以外の登場人物のキャラが立っているとその物語はヒットする。それは読者や視聴者に想像を与える余地があるからである。ちなみに、この「桔梗」というキャラクターは結局、誰のものにもならずに昇華するという、理想として消える。これは担当者の意向なのか???永遠の処女ということは編集者の意向?(編集者は間違いなく男であろう)

それにしても、この高橋留美子って人は凄い。旬とかそんなの関係ねーって感じである。ずっと第一線である。この人には誰も追いつけないだろう。誰だって旬ってあるのだが、それを超越している。これを本当の才能というのである。我々凡人はそれを傍から見ているだけである。「ポーの一族」~「メリーベルと銀のばら」の萩尾望都だって、一世を風靡したのであるが、この高橋留美子ほどに長期に渡るほどは活躍できていない。男性の作家では裕に及ばないのは当たり前である。それも全て少年漫画ってとこが凄いところでもある。

56巻という長編だと知らなかったのは失敗である・・・・1~5巻くらい見て、最終を見たら終わりと思ってたんだけど・・・・・ちょうど面白くなるのが4~5巻くらいのところなのである・・・・そこまで到達したらあとは泥沼・・・・

疲れた三が日であった・・・

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最近読んだ本 30

やりたいことは全部やれ! 大前研一著 講談社 ¥1500-

これは大前さんの人生訓というか、考えかたとういうか。以前、「遊び心」というエッセイを出版されたが、それをもっと具体的にしたものである。まあ、この人、意外と体育会系なのであるが、彼と同じく遊ぶ必要はないのであるが、とても参考になるお話が満載である。これは男女問わず、年齢問わずで是非是非読んでほしい。人間は必ずいつか死ぬ。これは間違いないのである。どんな状況であろうとも、出来るだけ楽しむという心がけが必要だと思う。誰もが幸せになんてなれないし、人生を楽しむことも実は難しい。しかし、考えかただけでも楽しむように方向付けできれば、何十回に一回くらいは楽しいことがあるだろう。人間万事塞翁が馬である。人間に一番必要なことは実は「死生観」なのである。

是非是非読んでほしい。オススメである。

すべての女は美しい 荒木経惟著 だいわ文庫 ¥552-

日本の妖怪みたいな写真家、天才アラーキーのエッセイである。これは全ての女性の是非とも読んでほしい。第一章の「いい女は天女である」この部分だけの立ち読みでもかまわない。写真がわからなくても、ぜんぜん良い。これは全ての女のために天才アラーキーが捧げるエッセイなのです。個人的にはアラーキーの写真がどぎつくてあまり好きではないが、この文章はいけてます。全ての女性にオススメ!

あの有名人たちが成功した法則! 來夢 著 神田昌典監修 だいわ文庫 ¥648-

この本は「あの成功者たちがこっそり使っている!」だいわ文庫の続編である。だから前作ほどのインパクトは無い。まあ、占いは統計学と推論でしかないのだが、面白本としてはいいだろう。特にオススメではない。もし興味があるならば、ブックオフなので安く購入したほうがよいだろう。

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2010年1月 1日 (金)

あけおめ

大晦日、友人「ぷ」の家にお呼ばれいただき、除夜の鐘カウントダウンを行った。そうしたら、すごいにおいが・・・・なんと「ぷ」がこの日のために、バルコニーにストーブを用意していたのだが、上手く火が着かずに不完全燃焼していたのだ。バルコニーはまるで火事のような煙である・・・・1 2

何度も試みるのだが、一向に上手くいかない・・・・・・結局、失敗に終わる・・・・「ぷ」のみんなへの思いは不発に終わる・・・・

その後、みんなの興味は紅白歌合戦に・・・毎年、紅白は見ないからよくわからないのであるが、今回は「嵐」というジャニーズタレントグループが目玉らしい。もうsmapの時代も終焉か。今回のメンバーがほとんど20代である。何故か皆、「嵐」に夢中らしい・・・まったく中年には理解できない・・・・

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中年連中は、紅白そのものに醒めている・・・・・それでも矢沢栄吉やアリスには反応する。さすがにその時代を生きてきただけのことはある・・・・

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紅白も終わり、皆、酒が体を支配し始め、宴もたけなわとなる。あと2009年もあと30分を残すのみ。酒で皆が覚醒を始める・・・昨日の小旅行で友人「き」の浮気相手に教えてもらった、スプマンテのコルクを燃やして炭にして、顔にひげを描く遊びを始める・・・・・年末なのに若者は元気である・・・

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そうして年が明ける・・・・

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あけましておめでとう!!!

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