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2006年4月16日 (日)

価値について

「価値について」 なんて、大きななかっこいい?タイトルではあるが、ちょっと価値について考えてみました。

実はこのところ、本を読んでなくて、ちょっとインプットが足りなかったので(逆にインプットを敬遠していたのもあったのだが。。。)このブログのためにまたインプットを始めた訳です。それで二日に渡って二つの本を読んだのですが、この頃頭の中にずっと置かれていた命題。。。価値なるものは?っていうことに醒めた感覚で反応してしまった訳です。

前置きがかなり長くなってしまいましたが、「情報の価値はその価格に比例する」という言葉がありますが、ある程度はあたっていると思われます。本をいかに早く読むかは、これを常に心のどこかに留めておかないと速読はできないからでもありますが。。。

さっきまで読んでた本が、羹尚中氏の「羹尚中の政治学入門」だったのだが、下世話な話だが、この本の値段がなんと660円である。おそろしく安い。これだけでも日本は良い国だと思うが、この本からは660円ではあまりにも安すぎる価値が二つもあった。

この本の著者は、誰もが知りたがっていて、その実験には壮大なスケールで莫大な費用がかかる事柄をたった3行の文章で喝破している(165ページ9~11行)

もう一つの価値は(あくまで私の主観でしかない)97ページ2~3行である。これは以前よりいろいろ説があるが、パンさる理論から始まって(もっと前か?)つい最近の他の経済本でも取り上げられているのだが、具体的にこの”答え”まで持っていっているのは非常に興味深い。

(いや、価値は三つ以上あるかもしれぬ。それは読者の感性や目的によるかもしれないし、私の感性の欠如かもしれない。しかし、660円のこの本に対してそれ以上を望むのは酷であろう。これが10倍の値段であれば。。。)

だいたい本などは、その価格からして、その価値が一つでもあれば上出来であると思える。

ある意味では、本は「はじめに」と「終わりに」と「目次」でだいたいわかってしまう。だから殆ど立ち読みでokなんだが、もっと意味深な内容がありそうな場合は購入して、必要な部分のみ読む。それを著者に対して失礼とは思わない、著者が大衆に対して何らかの「意図」がりのであれば、読まれないのは大衆心理学の欠如でもあるし、自分に対しての「墓標」であるのであれば、何ら気にすることではないからだ。

これだけ情報が溢れている(使い古された言葉だ。。。)と、ほしいものを得るのには技術が必要である。googleの操作法みたいな本が出てベストセラーみたいだが、あまりに情報がありすぎると、逆に受動から能動に変化するらしい。ビルゲイツの革命からすでに15年

今、まさにその変化の絶頂でもある。

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2006年4月15日 (土)

最近読んだ本2 滅びゆく国家

いやー、かなりの長い間、アップをサボってましたm(+o+;)m

たまには頭に仕込みをしないとoutputもできないので。。。

それで、出たばかりの立花君の「滅びゆく国家」を読みました。なかなか今回も力作で面白いですよ!

大東亜戦争の責任が全て為政者のためでは無く、その為政者を選んだ国民側にもあるということを喝破しているが、それはまさに私を意見を同じくするところでもあり、思わずうなずいてしまう。確かに国民はそれ程というよりも人間自体、賢いものでは無い。人間は記憶と体験の中でしか考えられない事実があるのだが、(だからデザインは新しくはなりえない。科学者じゃないんだから)その経験した人間が少数となり、記憶が世の中から消滅したときに、また歴史は暴発する。いくら書物で歴史を記憶していても、実体験の無い記憶は言葉の羅列でしかない。インターネットによるメディアの再構築はもうすぐ傍まできているが、資本に理念を売ってしまったメディアには第4の権力としての機能は無い。良識を保とうとするならば、メディアをおのずから切ってしまうしか方法は無いと思える。ここ数年の不景気がメディアによって引き起こされたものであるのは明白である。不景気不景気と叫んでいるが、餓死するものはいない。働かなくても生きていけるのが日本なのである。情報を一切抜き、自分の為だけに生きたら、この世はばら色であろう。しかし、メディアと資本の策略で、身の丈に合わない消費を強制され、それを正しい、またそれが出来ないと貧乏と思うほどの頭の中身の貧乏さに気が付かない。

以外と奴隷って楽だからね(笑)

だいたいブランド買うのって奴隷だよ。ちょっと考えれば判る。みんな良し悪しなんてわからない。そんなに頭良くないから。良し悪しなんて個人の主観でしかないから。

頭が良いなんて確率でしかなく、全部の人間が頭良くなることなんてありえないから

別に問題ではないのだけれど。どんなに頭が良いやつか声高に叫んでも、愚衆にはかなわない。頭が良いのは実はマイナスなんだけど、それが判らないのは不幸を呼ぶ。

ただ本質を突くと全体主義でもっと大掛かりな奴隷になりたがるやつが多くなるから、今ぐらいの小粒な奴隷ばかりの世の中が本当は一番楽しい!人間てやはり動物だから奴隷が自然なんだよね。

みんな心の底では戦争したがってる。これホント。

だって兵器作ったら使ってみたくなるでしょ。誰だって。日本人だからではなく、人間だから。いまちょっとやばいですねー。一機に全体主義になる危険の匂いがぷんぷん。。。

逆命理君だかって住友商事に勤めていた人の短い生涯を描いた著書があったが、その中で日本人のことを家畜人ヤプーに自虐する一節があったが、そのほうが幸せで、主体性などもたないほうが、楽なんだが、昔の痛みに記憶が消えたとき、また新たな記憶を、痛みを求めるのだろうか?

でも、歴史的に見て、マイナスが大きいほど、後のプラスも大きいのかと。

ユダヤ人たちのすごいマイナスを忘れて今のプラスを語ってはいけない。

日本人の大きなマイナスを語らないで、今の繁栄を語ってはいけない。

大きなプラスがあれば大きなマイナスもある。ローマの崩壊は身近に見れるかもしれない幸運を私たちは享受できるかもしれません。そこには苦しみもあるだろうけど。

ただ、みんな刹那的な発想が心地よいから、そういう情報が好まれるんだけどね。

地球の文明は日々よくなっているという事実はだれも否定できないんだけど、だれも言わない。誰も昔の電車や車も無い世の中なんかに戻りたくないのに、世の中の恩恵をいっぱい受けているやつに限って、地球は大切だみたいなことをいう。地球なんてなくなったって、宇宙からしたら別になにも変わらないのにね。

姉歯さんが逮捕されるって!

彼もこれで安心だろうね。保護されるから。徹底的に国家から。

でもかわいそうだね。だれが損してだれが得をするんだろう。

それをえさにばんばん国民には借金させて家買わせて。

スーパーインフレになったら借金は帳消し。

国は生き返り、大きな組織とその構成員は助かるシナリオ。

戦争したいんだろうねー。みんな。

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